column: 2006年4月アーカイブ

 昨日朝まで生テレビを見ていてテレビとは何かがテーマの討議を行っていた。

 討議の中に電波少年のプロデューサーである土屋敏男氏が登場していた。土屋氏はテレビの構成している要素として「放送する機械(ツール)」「見られていること(インフラ)」「表現」で構成されている。と話していた。そして、「表現」を掘り下げていくと→「創造」(クリエイティブ)であり、「創造」を掘り下げていくと→「個の狂気」になると話をしていた。

 土屋氏的には「表現」が「個の狂気」ということになるのだろうが、具体的に「個の狂気」って何?とさらに話を聞き続けていると、たとえばラーメン好きの人間がいたとしてその人物が年間300杯食べてつづけていることが個の狂気になるのだそうである。

 電波少年を見ていて馬鹿馬鹿しいなぁと思いながら実はビデオ録画して見ていた私としてはへーとおもう事もあった。土屋氏曰く「原宿に行って若者に話を聞いてみると、若者が日本の首相の名前を知らない現実があり、若者に今の首相の名前を知ってもらうには、例えば首相官邸にアポなし突撃で無名の芸人を突入さすというドキュメンタリーが首相が誰なのかを知ってもらうことになるという」ある種テレビは演出や企画が物をいい、出演者の個性は後からついてくるというスタンスはなかなかおもしれぇと思っていた。

 今土屋氏は第二日テレというインターネット放送の事業部長をやっている。彼はインターネット放送では視聴者層の「狭さ、広さ。」ではなく「番組内容の深さ。」であると述べている。そして、大切なのは有料か無料かということではない。視聴者が「この番組を観るためには対価が必要なんだ」と視聴者に理解してもらえる番組作りが今後の目標だと話をしていた。

 表現っていろいろな捕らえ方があるんだなぁと感心した昨日であった。

 神戸にお住まいの方ならメロンドームといえばどこにあったかご存知だろう。メロンドームは室内ゴルフ場だったんだけれどもその跡地が現在のHAT神戸である。現在、自分の心が壊れてしまって、いつもかかっている病院の近くを散策したときに気づいた思い出話です。

 私が大学1年生のとき(1994年 震災の1年前)「親和女子大学主催のダンスパーティーがメロンドームの隣であるらしいぞ」という話をクラスメートがしていて、大学生活をこれから満喫するぞ!!と思っていた当時「行ってみたいなぁ。幸せな大学生活を知ってみたい」と思って参加することを決めた。

 当時、私の母親は癌に侵されていて、母が唯一楽しみにしていた私の大学入学式のときも入院していたので出席できなかった。入学式が終わって数日後、母は退院していた。だが、退院したとはいえ母は本調子ではなかった。アトピーが重症化していて、病気のつらさがわかりかけていた、私から見たら母の料理をするつらそうな表情は今でも思い出す。そのような家庭環境の中「ダンスパーティーに行きたい」と家族に言ったところ親父は「料理は誰がするんや?」という主張で兄は「大学生らしい生活だね」という雰囲気だった。この当時兄は浪人生で私が先に大学入学したことを快く思っていなかった。(現在兄とのわだかまりはないですけども)だが母親は「せっかくの楽しめることならば家のことはいいから行っておいで」と母に家事を託して当日メロンドームの隣にあったホールへ行ったのだ。

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