column: 2005年6月アーカイブ
先日ある人と、家族関係の話をしていた。そのときの話を書こうと思う。
私は養う家族を持ったことに無い身で、一人身である。恋愛も最近はさっぱりである。ある意味荒んだ人間関係であるのかもしれない。
だが、家族関係及び人間関係について考えるために記事を書いてみようと思ったのである。
アトピーと家族関係について考えたとき、アトピー児をきっかけに家族に不安や、恐怖を撒き散らすらしい。
そして、アトピー児を持つお母さんは言った。
「変化の無い人間関係などありえない」と
家族のなかで親と子供という立場だけは変わらなくても、関係は変わることに、私は気づいていなかった。
そして、瀬戸内寂聴さんは「愛は続かないのです」と話していたそうだ。
人間関係は時々刻々と変化することが当然なのであって、悪いほうにも良いほうにもなるのである。永遠に仲のいい関係だけで終わる人間関係も家族関係も無いわけなのである。立場は同じでも状況で役割や関係は臨機応変に対応していかざる得ないのだろう。
だから私は、役職をつけられるのが大嫌いなのである。
昨日は家でサンデープロジェクトを見ていた。サンデープロジェクトでは外交官の田中均さんが話しをしていた。
田中均さんて「たなかきん」ではなく「たなかひとし」って言うのが本当だったことをしったのであった。
それはさておき、今日の田中さんの話の中で日朝平壌宣言をつくった思惑と、拉致核問題についてどういう感想を持っているのか興味があった。
細かい話しは人それぞれ捕らえ方があるのであえて私はここで意見を書きませんが、へーと思ったことがありました。
それは、「いまの日本の中にある不健全なナショナリズムをアジア太平協共同体を作っていくことで健全なものにしたかった。」という話しであった。
「靖国問題、反日問題は自国の利害、価値観の主張のぶつかり合いである。自分の国を軸にしてすべての問題を考えるのではなく、アジア地域全体でどのような地域を作り出していくかという話し合いまでできるようにしたかった。」という話しにはへーと思ったものだ。
そして、今ある理由で昼、家にいるのだが某夕方の情報番組でコメンテーターの勝谷氏が大阪市を人間の鎖で囲っている市民活動団体代表者に「あなたたちの方法は古い」「市民活動団体が街で配っていたビラには本当にだまされつづけた」というセリフを聞いたときに、これっていまの私の場合どうなんだろうと思ったものだ。
田中氏の言う、不健全なナショナリズムと市民活動の主張する意見。もしかすると、どちらも不健全なのかもしれないと考えたのだ。
原発問題にしても、軍事の問題にしても、エネルギー問題全体をどう考えるのか、他国との付き合いをどう考えるのか、という話し抜きでは、立場や価値観での対立こそ発生しても問題の根本的な解決へむけた流れを作ることはできない。
アトピーの問題でも、治療法、病状で対立こそ発生しても、アトピー患者が存在する以上、アトピー患者が社会にとって、どのように関わって、社会を作り上げていくかの議論をさらに深めていきたいと思う。
