atopycolum: 2004年7月アーカイブ
さらにページを見ていくと…、
小児発症の喘息患者は、成人発症の喘息患者に比べて、
鬱病の合併頻度が高いことが知られているそうだ。
う~ん…やっぱり…という思い。。。
僕は、2歳発症の喘息患者。
小学生の頃、大学病院で、抗鬱薬の「アナフラニール」が処方されていたことがある。
子供心に、なんでだろ??って思ってはいたが、
もしかしたら、主治医の先生は、
まだ小学生の僕の中に潜んでいた鬱状態を、発見していたのだろうか…?
なんか、こういうのを目にすると…、
自分が鬱病を発症したのは、必然的だったのかな…?という気がしてしまう。。。
アステル関西について検索していたらなぜか見つかったBlogである。
消毒用エタノールに酒税という記事にも結構興味を持ってしまった。ちなみに差別ではないが、ゲイについての記事にはまだ理解がもてないことに申し訳ない想いでもある。アトピー患者さんのゲイについての手記は以前紹介したことがあるのでまた掲載してみようと思う。
それはさておき、肝心の喘息と鬱の関係については、アトピーと鬱の関係で語れるのではないだろうか。アトピーと鬱についての調査がまだないのでなんともいえないが、私もアトピーが重篤な状態になっていたころ、前記にもある、抗鬱剤「アナフラニール」三環系の三角粒、を処方されていた。まさか抗鬱剤とはしらなかったのだが、入院患者に指摘されて知ったのであった。
アトピーがなかなか回復しないときほど不安な気持ちになるものだ。それに倦怠感も強いし、朝も起きられなくなるのである。昔は寝られないことで、睡眠薬を常用していたのだが、舌が回らなくなったり記憶力が落ちたりしているうちに、記憶が飛んでしまったことがあったので、それからこういう薬から手を引いている。
皮膚科もアトピーをただの、皮膚の炎症と決め付けるのではなくて、心の問題も視野に入れた治療を考えてくれないと、アトピー患者はいつまでたっても、不安、不満を抱えたまま医者ショッピングをしないといけない状態になるのだろう。
昨日、FMわいわいのまちはいきいききらめきタイムと言う番組のゲストに呼ばれてトークをしたのであるが、話せば話すほど、私の中に出来上がってしまった理論は、結構頭がカチンカチンになっているのかもしれないと考えるようになった。
アトピーの問題で誰も反論できない、論法をいつの間にか身につけてしまっているのが自分自身の中で危ないことだなぁと痛切に感じることがある。それは、論述における切れ味のよさと言うことと、相手の考えを叩き潰す事は実は一緒なのである。
私は、いろいろな人と話すときに、アトピーの問題で必ずスパイラルに陥ることがある。それは、アトピーの原因と、アトピーの対策についてである。
これは、人によって正しいことと正しくないことがあまりにも多様なので、アトピーの問題については、具体的な治療法や対策について私は一切触れないように心がけている。
そのような中で、アトピーの問題を端的に考えれば、人それぞれで治り方も、対策も違うのは原因が多くあり、複雑だと言うことよりも、重症アトピー患者さんの場合何をやっても回復してこない部分を見ると、原因が特定できていないこと、これに尽きるのであろうと考えるのである。
ただ、このアトピーの原因が分かっていないという言葉は、原因が分かっていると考えている人々にはとても冷たい響きでもあり、その言い方はないだろうという反論も結構されるのである。
ところが、私の場合多くの治療法をホームページや友人から、勧められる立場としては、原因が分かったのだったら話を聞くが、人によっては効かないとか、好転反応のあるものなど、言い訳は聞きたくないので、分かったら特許をとって製薬会社に売ってねと言うことにしている。
アトピーの原因が分からないという言葉と、治療法があるなら国のお墨付きをもらったらという言葉の切れ味のよさは、今後、多くの波紋を広げながらも、いつかは、原因を見つけてもらいたい想いを持っていることも間違いないのである。言葉的切れ味のよさだけで使いながらも、本心として「しっかり発病の研究をしろ」という、含みがあることがなかなか伝わらないことにジレンマを感じている今日この頃である。
