atopycolumの最近のブログ記事

アトピー的自由計画は下記のアトピー患者向けラジオ放送をしています。

 1. 放送日時:2010年2月14日日曜日16:00-16:30
 2. 放送局:FMわぃわぃ
  http://www.tcc117.org/fmyy/
 3. 番組表(第二日曜日):
  http://www.tcc117.org/fmyy/timetable/sun.html
 4. 概要:
   司会:         FMわいわい 金 千秋
   パーソナリティー:  尼崎医療生協病院 皮膚科医 玉置 昭治
             :  アトピー的自由計画 高山 哲是

今回は第10回ということですが、
    アトピー患者と家族について話をしています。
    アトピー性皮膚炎になることで、家族関係がどのように変化し
    アトピー患者にどのような影響があるのかについて話し合いをしています。

 なお、放送後は下記のアトピー的自由計画特設ホームページでポットキャスティング(インターネットラジオ)として聴衆できます。
 http://www.atopy.org/rhythm/

ほかの信者も「治療」に参加=医療放棄の長男殺害-福岡県警

 生後7カ月の病気の長男を、宗教上の理由から病院に連れて行かずに死なせたとして、福岡市東区の宗教法人「新健康協会」職員の夫婦が殺人容疑で逮捕された事件で、同協会のほかの信者が長男の「治療」にかかわっていたことが14日、福岡県警東署捜査本部への取材で分かった。
 捜査本部は同日午前、関係先として、夫婦が勤務する同協会総本部を家宅捜索した。
 高月秀雄(32)、邦子(30)両容疑者は、長男嘉彦ちゃんが生後2、3カ月でアトピー性皮膚炎を発症し、細菌感染で重篤な状態になったにもかかわらず、協会の教義に従って手をかざすことで病気やけがを治すという「浄霊」や、「御霊紙」と呼ぶ和紙を張り付けるなどしただけで、病院には連れて行かず、敗血症で死なせたとされる。
 捜査関係者によると、ほかの信者数人も両容疑者の自宅を訪れ、浄霊を行っていた。夫妻だけでは嘉彦ちゃんの症状が改善しなかったため、協会の中でも「より力がある」とされる信者が加わった。 時事通信(2010/01/14-10:38)より引用

 上記記事のようなアトピー患者が命を落とす事件のご紹介はもう何回目だろうか。宗教の役割はあくまで心の救いを解決するはずであり、病気の治療を行うのは医療機関なのです。この部分をどのように宗教団体とアトピー患者を抱える親御さんは考えていたのでしょうか。
 救いを求める人が病気を治す救いを求めるのであれば、病気を治す医療を進めるのがホントの救いではないのでしょうか。ただの食品がアトピーを治すとか、祈りが病気を治すなど、うその情報が氾濫していますが、こんなことに惑わされないように、多くの情報や知識を集めて、日々の生活を安心してすごして生きていける、治療を提供する医師に出会えることを願っています。

 そして、私はアトピーのさまざまな問題解決させるために、大学時代より自分個人の時間と、私財を投じて延々とアトピーの問題を解決するためのさまざまな取り組みをしてきましたが、誤った情報による、病気に関わることでの死者が減っていません。現在はアトピーのリズムというラジオ番組をネットラジオ化し、配信していますが、認知度においてまだまだ、情報が必要な人の元へ届いていない現状があります。

 そこで皆さんへ高山からお願いです。

 アトピーの誤った知識を解消し、ある程度の病気の情報を知るためには、まずステロイドを使わなくても治療をしてくれる医師の話を聴いた上で、医療機関へ関わるかを判断してもらうきっかけとするためにも、アトピーのリズムの広報協力をしてほしいのです。ネットだけの広報には限界があり、街の掲示板や、さまざまなメディアへの広報活動をお手伝いしてほしいのです。マスメディアにはプレスリリース会社を通じて情報を流しましたが、結局取り上げてくれたのは神戸新聞だけでした。これ以上、アトピーによって命を落とす社会であることがあってはならないと私は思うのです。アトピーのリズムの広報ビラは1000部こちらで用意します。必要な方は、アトピー的自由計画までご連絡いただけましたら、こちらよりビラを配布させていただきたいと思います。皆様、アトピー性皮膚炎に関わることで命を落とすことのない社会を実現するためにもご協力をお願いします。

 そして、私の提案を見て「違うんじゃない」と思う方々。ぜひアトピー患者が命を落とさない社会作りを考えてほしいのです。私には今上記の提案程度しか思い浮かびません。その実現に向ける提案があるなら私も手伝います。皆さん、ぜひ今一度この現実を受け止めた上で何が出来るかを考えてください。お願いします。

 今日は、淀川キリスト教病院のチャペルでアトピーにステロイドを使わないで治療する会に

 参加してきた。実はこの会、私の主治医も参加しないので、行かないことにしていたのだけど、

 この会の座長に声をかけられて、参加することにしてみた。

 先日、あるアトピー患者の女性に告白してみることにした。

 その理由は、一戸建ての家にひとり、とり残された状態があまりにも孤独な状態だからだ。

 日程をなかなか合わそうとしない相手へ、強引にお願いして会ってもらうことに。

 さて、指紋認証装置に指紋登録するときから指紋認証装置との勝負ははじまっています。

 以前の会社ではうっかり右手の人差し指で指紋登録してしまったのです。実は右手って水物を触ったり、よく働いてもらう手なので指紋がなくなりやすいのです。それに、なぜか水疱も右手に出やすいことは私の経験上多いので、あまり手を使わない左手であることが登録の第一条件と考えています。そして、指の種類ですけど、今回は人差し指にしてみました。他の指だと指紋認証装置に指を当てにくいからです。

 なので、入社後訳のわからないまま指の指紋を登録する場面が来ても焦らず左手の指を登録することを心がけるといいのかもしれません。

 会社に入社して最初のころは指紋認証装置がほとんど認証してくれないので、誰かが指認証するのを待って、人の後をついていくというルール無視の状態を過ごしていました。これも初めのうちはいいのですが、トイレに行きたくなったときに、外に出るのは簡単ですけど、トイレから戻るためにその他もう一名一緒にトイレに行ってもらわないとなかなか、席に戻ることが出来なかったりするし、仕事の自由度がかなりそがれてしまいます。

 なので、指紋認証装置がどのときに反応してくれるのかの研究です。

 現在私は指紋認証装置と格闘の日々である。これは何も指紋認証装置と物理的にぶつかり合っているわけではない。

 某会社の子会社の使用人として働いている身分の私。社会全体が人を疑いやすくなってきた時代。その影響もあって使用人として働かせてもらおうと思えば、毎日指紋を差し出してチェックを受けて身分確認を受けてからでないと門を開けてもらえない時代なのである。

 何も、使用人として身分が気に入らないとかそういっているのではない。また身分証明をしないと、会社が門を開けてくれないことを批判しているのではない。指紋認証装置が気に入らないだけなのだ。

 これは一般の人にはわからないだろうが、アトピー患者の場合手の指紋は消えやすいのである。私の右手なんかは指紋がない状態に近いのである。指に水泡なんかが出来てしまうこともあり、指の皮がめくれてしまったら、指紋なんて一瞬で吹き飛んでしまいます。

アレルギー、指導表で管理=学校での配慮事項記載-年度内にも作成・文部科学省

 アトピー性皮膚炎や花粉症、食物アレルギーなどのアレルギー疾患を持つ児童・生徒について、文部科学省は11日、今年度中にも、医師の診断に基づく「学校生活管理指導表」を作成し、運動制限など学校生活上の配慮に生かす取り組みをスタートさせることを明らかにした。
 指導表には、ぜんそくやアトピー、花粉症を含むアレルギー性鼻炎などの罹患(りかん)状況、症状の程度のほか、発作が起きた時に飲む薬や緊急時の処置方法、連絡先などを明記する。
 また、例えばぜんそくの子供には▽掃除で黒板消しをたたく作業などを割り当てない▽体育で長時間のマラソンや縄跳びを避ける-など配慮すべき点も記載。疾患に応じて、食べてはいけない食材や宿泊行事の際の注意事項も盛り込む。
2007/04/11-16:55 時事通信

 文部科学省が義務教育中のアレルギー疾患を持つ児童に対して配慮事項を記載するのは画期的なことである。掃除の時間や、体育のつらさは健常者にはわからないことがあるだろう。

 そういえば、先日某教育大学の学生に上記の内容について同じような質問をされた。以前から教育系ではアレルギー疾患を持つ児童や生徒に対しての管理指導表の作成を考えていたということなのだろうか。

 アレルギー疾患を持つ人間が学校でどういう不都合があるかはまた後日詳しく述べていきたいと思う。

 さて、久しぶりに時事ネタでも記述してみたいと思う。

 関西テレビ放送(関西では「関テレ」)制作のあるある大辞典Ⅱ1月7日放送の内容を巡って問題点穿り返しと、責任の擦り付け合いが一ヶ月たっても続いている。2月28日現在では関西テレビ放送の社長がついに辞任するということになっている。また、下請けの制作会社が他局からもコンプライアンスが明確になるまでお仕事中止の制裁を加えられている。

 さてさて、こんな状況の中、さまざまな「アトピーは××で治る!!」情報に振り回されてきたアトピー患者さんにとって見れば今回の事件なんか「何をいまさら。。」って思われないだろうか?

 結局納豆を朝に二つ食べればやせられるかどうか、確証もないのに痩せられるかのように放送したことが問題なのだとしたら、健康情報番組って全体的にやばくないっすか??

性感染症撲滅計画という性感染症を治療している医師のBlogの記事
http://blog.m3.com/mission_no_std/20060618/1
をみて感慨に耽ってしまった。
診察時の看護師の反応や、ハーレムを作っている男性像。
性感染もたらした犯人探しなどなど。。

そういえば過去にアトピー患者さんでも同じような人がいたなぁと感慨にふけっていた。
彼は「STDと戦うDr」でいうハンター型の男性だったが、私に相談があったときには

ハンター「高山君。アトピーって前立腺から膿が出ることってあるの?」
そのときには、さすがに
高山「もしかしてまた悪さしてるんでしょ??」っていったら
確かに一週間前にそういうことが。。。だった。

一話より続き

 アトピーの人たちは、私の知るかぎり地味である。大学生になって今どきのカッコいい洋服を着てみたくて、生まれて初めてファッション雑誌を買った時は、なんだか恥ずかしかった。お金が欲しくて、清掃業のアルバイトをはじめた。3年間続けた。体に多少なりとも悪影響はあっただろうが、B病院の皮膚科が評判がいいと教えてくれたのは、そのバイト先の社長であった。因果なもんだよ、人生は。

 昨年の6月、整形した後すぐに、ゲイの恋人ができた。美容師をしている21才の美男子から告白されたのだ。私の体は、なぜだかこれまでなかった程、きれいになっていた。狂おしい夏を過ごして、秋に彼と別れた。秋のはじめ、私の体はニキビが大量にできた。そして今度は35才の美容師から声をかけられた。髪の長い美青年で、なぜだかまた美容師であった。彼のマンションでコーヒーを飲みながら、私は「まったくこの顔が治る宗教があったら信者になってもいいぜ。」と言った時、彼の顔はギョッとした。彼はある新興宗教の信者であると言った。手かざしすると体の悪いところから膿が出てくるそうである。お祈りをしてあげるから、目を閉じて心の中でニキビが治るように強く唱えなさいと言われるままにした。目を閉じている間、私の心は雑念でいっぱいだった。人間の弱さを市場として新興宗教があるように、アトピーの人間を食いちぎるバカ医者どもも多いだろうなどと考えていた。目を開いてから、彼にこう言った。「もし膿が出るとしたら、それは僕の心からかもしれない。」彼とはそれっきりだった。

 10月になって、私の顔は真っ赤になって大学を休学し、C市の病院に入院した。リバウンドだと言われた。顔を切開したままの状態がひと月以上続いた。その病院で、全身リバウンドの男性を見て、この人はいったいいつ愛されるのだろうと思った。最低だよ、オレは!死のうと思って顔に包帯を巻いたままD高速を時速150キロで走ったこともあった。ドライブは好きだが免許を取ったら3年間で9万キロも走ってしまった。これは狂気の数字だ。バイト代のほとんどがガソリン代で消えた。遠くの都市を通りかかる度に、ああ、どうして私はこの街ですべてをやり直せないのだろうと思った。遺書を書いた。泣きながら書いた。書きおえて、またはじめから読み直したら、漢字の間違いがあって直した。そしてまた読み直したら、大笑いしていた。

 今年の3月、B病院にかかることになった。皮膚科のG先生に提出するアトピーの日記に、死にたいと書いたら、彼はそれを見て軽く言い放った。「ええ、時々死んじゃう子いるんですよね。」コ、コノヤロー!人が死にたいと言っているのに、まったく死ぬ気も失せるぜ!とにかく、この病院にかかってからは私のアトピーは小康状態を保つようになった。ゲイとしての肉体関係を持つ気にはなれなかったが、ゲイバーにはまた行けるようになった。ミセコ(ゲイバーで働いている男の子たち)は、私の復帰を歓迎してくれた。久しぶりに酔いつぶれた私はミセコのひとりにこう言った。「君はうらやましい。この商売についたのは、君が多少なりとも自分に自信があったからだ。自分の若さ、若い時間を試している。」私は私で留学したいと思っていた。それに、両親から離れたかった。それを実行するために、私は自分の部屋をかたずけた。本とCD以外の物はみんな捨てた。私が生活していた形跡を残したくなかったのだ。ありとあらゆるノート、メモ、テープを捨てたのは、手がかりを残したくなかったからだ。2年後に帰ってくるとだけ書いたメモを残してから私は家出した。H市にある工場で一週間程働いた。両親と離れられたのはよかったが、アトピーは悪化した。まったく眠れずに仕事は手につかず、早朝、荷物をまとめて寮を抜け出した。まぬけだった。私が唯一行くことができる場所はB病院しかなかった。G先生には迷惑をかけてしまって、その後自宅に戻ることになったのある。

 私はアトピーの調子がいい時は、本来のお調子者の性格を発揮する。母親からお金をもらってひとりで東京に出かけた。修学旅行以来の東京行きである。私は田舎者で野暮ったく、今まで東京という都市を恐れ、また、憧れていた。東京駅で山手線にのりかえ新宿でおりた。都市の大きさと人間の多さに圧倒されてしまって、私は道のはしっこをうつむきながらはや歩きする。目ざす場所は日本のゲイのメッカ、新宿二丁目である。白昼にもかかわらず、ひと目でゲイとわかる男の子たちがたむろしていた。私は雑居ビルの2階にあるゲイが集まる店に入った。店の中はわずかな照明しかなくほとんど真っ暗に近い。いくつもの小部屋と仕切があって、あえて遠まわしに言えば、男と男が出会う場所である。私はC市でもてないのに、東京にまで来て何してるんだと思いながらタバコをふかして壁にもたれていたら、すぐ傍らで若い男の子が私をじっと見つめているのである。なかなか可愛い子だ。彼と何があったかは、御想像におまかせする。その後、彼とは店で別れて階段を降りると強い日ざしを浴びた。帽子をとり、手で額の汗をぬぐうと、フウーとひと息ついた。東京なんて、ちょろいもんだぜ!男らしく歩いて、高島屋に向かった。

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