障がい者総合支援法成立から見える政争の愚

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 障がい者にも介助等の費用負担を求める、「障がい者自立支援法」という法律は障がい者には評判の悪い法律であった。詳細までは知らないが、障がいが重度になればなるほど負担が増える上に、障がい者の人権の尊厳を著しく傷つけるもので、障がい者が自立をしていないので、自立を国家が支援するという法律は憲法違反だと、障がい者団体が訴訟まで起こされていた法律。

 この法律を現政権で法改正を行ったそうだ。それが「障がい者総合支援法」だが、内容は何も変わらないまま成立したのだそうだ。何も変わらないならそれで良いんじゃないって思いがちだけど、その経緯を聞いて、「ええかげんにセイ」といいたくなる経緯であった。

 民主党はマニュフェストに障がい者自立支援法の廃止を掲げていたそうだ。そして、障がい者自立支援法を改正するに当たり、障がい者団体の意見を取り入れるべく当事者たちを招いて厚生労働省は障がい者制度改革推進会議総合福祉部会を立ち上げ、提言をまとめていたのだそうだ。

 しかし今回の障がい者総合支援法は当事者の提言をほとんど採用しないまま成立させたのだそうだ。

 その理由は自民党と公明党が修正協議で、現在の法制度を維持する事を目的に修正を加えたのだそうだ。

 修正する自民党や公明党も論外だけれども、政局が混乱しているどさくさにまぎれて過去に戻してしまうのであれば、何のために2008年政権交代があったのかまったく意味がわからない状態になっていないか?いったいどの地点の投票結果を持って民意と政治家たちは捉えているのだろうか。

 それに、社会的立場として援助が必要な人々たちを政治家が公の立場で、もてあそぶなど卑しさにほどがある。

 それに先日五日間の修正協議を経て急に成立した「違法ダウンロード法」これも、収益構造が急に変化している音楽業界のロビー活動により成立したのではないかと言われている。違法ファイルのアップロードはすでに罰則規定があるのに、ダウンロードした側にも罰則を科すというのが主な変更点らしいが、有権者の数よりもお金を政治家に渡す力が強いほうが国は協力してくれるというのであれば、お金が社会の倫理構造を変えてしまうことが出来るということを容認する社会で良いと言う事なんだろうか。

 お金重視で社会の倫理観を構築していくとお金持ちが生きながらえて貧乏人は搾取されながら死ぬという社会が現実としておこり、お金のために人が人を殺しあうという結末になるのがわからないのだろうか。

 個人一人ひとりの利益だけを優先する社会はやがて殺し合いという結果を招くだけで、人間同士が地球という共同体の中でどのような全体的利益を考えていくのかということは基本中の基本なのではないだろうか。

 次の選挙どうなるのでしょうか。私は現時点で政治に期待できない事だけがわかりました。民主主義って何なんでしょうかね。

 人間の倫理観の中で卑しいってどういう意味なのか、科学技術が発達し、お金の存在が大きくなればなるほど人間は卑しくなると、かの岡本太郎も言っていたけど、本当にそうなってしまっている現実の社会をもう一度冷静に見つめなおす必要がある。ちなみに卑しいと恥は違いますからね。

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このページは、takayamakeが2012年6月22日 00:00に書いたブログ記事です。

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