激闘 人生あと一ヶ月 親父とのラストラン その17
ホスピス病棟は、老人ホームの雰囲気にも似ているんだけど、一般病棟とはまったく雰囲気が違うのである。
当然、入り口には広いロビーがあり、家族が控える控え室があり、クラシックの音楽が流れている。
そして、私の家よりも豪華な調理場も併せて設置されている。
なにせ、部屋に案内されたと同時に、クラシックの生演奏がロビーより聞こえてきた。毎週金曜日はクラシック奏者の卵たちがボランティアで演奏会を開いているのだそうだ。部屋にいるだけでも、音楽が聞こえてきて穏やかな気持ちになるもので、看病する側も癒される瞬間だった。
また、病室の設備で言えば、当然個室で普通の病院の四人部屋の広さはあるゆったりとした空間で、部屋の中にはトイレもある。大きめのクローゼットもあるので何でも買い揃えておくこともできる。大きなソファーも置いてあり、疲れ気味の私はそこで寝ることもできるようになった。また、本を読んだりものを書いたりする机もあり、ベッドからは外の景色が見られるようになっていた。部屋の空調も部屋ごとに設定できるらしく、暑がりの親父にとっては助かる部分もある。洗面台も完備されていて、女性なら化粧直しだってできるのだ。それだけの設備プラス瞑想室というリクライニングシートと多くの本が並べてある部屋。ベランダにだって許可があれば出ることができる。ベランダは広いロビーの横にウッドデッキがあり、そこではホスピス病棟専門のボランティアさんが手入れしたガーデニング植物を眺めることもできるのである。
個室に関しては、ビジネスホテル以上で東横インのツインルームよりも広いのである。ロビーはホテル並とまではいえないが、広さでいえば安価なビジネスホテルよりも広い。また、先ほど紹介したキッチンにいたっては、料理教室でも使えるぐらいの設備になっていた。これで、この病院、個室差額ベッド代は徴収しないのである。
ほんとにハード面では大幅に改善された。トイレに行くのも一人ではいけなくなっていたので、部屋にあることで、すぐにいくことができるようになった。それに、ようやく一人部屋になったのでゆっくりと眠ることもできるようになったようだ。だるいときに見ず知らずの人と寝起きを共にするのは結構きついものがあったからだろう。
それに改善点は、これだけではなかった。ソフト面ではどのような違いがあるのかをご案内したい。まず、父に点滴をしていたのだけども、水分の量が多すぎることで体内から排出できず、足のむくみが発生していたことがわかった。臓器の機能が低下しているにもかかわらず、無理に水分などを投与するのは体に相当な負担をかけるのだそうだ。なので、点滴は中止することにした。そして、その日のうちに足にあった妙なむくみが無くなっていった。
また、がんの痛みについてなのだが、親父の意識が朦朧としていたのは、モルヒネの量を規定以上の量投与していたのだそうだ。どういうことかというと、モルヒネでも貼り薬と飲み薬を投与されていたのだけども、貼り薬は作用がゆっくりしているが、持続時間が長い。そのことで、量は多くても、肝心の痛みの波に対応させることはできないので、大きな痛みに対応するだけのモルヒネを貼り薬で投与するとなると、意識がなくなるぐらいまでの量になってしまうのだそうだ。また、飲み薬は持続時間がほとんど無く、飲むのに苦痛が大きいのだそうだ。
そして、痛み止めは痛みにダイレクトに効くように注射による連続投与となった。ポンプのついた小型注射器で時間を計りながら投与していくので少量のモルヒネでも十分痛みが取れるらしく、現に今まで痛みレベルを10としたらどれぐらいかと聞いたら、ほとんど無いというぐらいまでになった。それに、意識がなくなることもなくなり、しっかりと応対できるまでにはなった。
ちなみに、痛みレベルを10として2~3以上になると警戒数値ですぐに対処しないといけない内容なのだそうだ。今まで1ヶ月痛みレベルが5から下がったことが無い。今まで何をしていたんだろうと思った瞬間であった。ちなみに、以前の病院で処方されていた、急な痛みに対処するための座薬である、ボルタレンは早速返却されたし、飲めない量の粉薬はすべて処方中止。飲んでも意味が無いからだそうだ。
それに懸案だった食事についても改善がなされていた。食べられないといっていたおかゆの量もぐっと減り、流動食専用の食事が運び込まれてきた。少しの料理でもカロリーが取れるように考えられた食事へと変更されているし、親父も食事のことで怒ることは無くなった。それどころか、食事前にお茶が配膳されるが、冷たいお茶かあったかいお茶を選ぶこともできる。末期のがん患者さんは冷たいものをほしがる特性を理解した上での対応である。そして、私たち家族にも医師から注意があった。末期がん患者さんはもう、食欲なんて無いんだそうです。その人に、無理やり栄養をつけさせたいと思う家族の気持ちもわかるけども、本人は食べられないのでつらくなるだけなので、自由にさせてあげてほしいと言われた。なるほど。確かに、病気を改善できるなら努力する必要があるが、限界を超えているのに強要しても改善は難しい。
そして、ここまで違えば今まで入院していた病院から荷物は撤収しかない。退院手続きをしてくれた兄にその病院からは「よく入院させてもらえましたね」といわれたのだそうだ。
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