激闘 人生あと一ヶ月 親父とのラストラン その16

| | コメント(0) | トラックバック(0)

 親戚筋に連絡を取ってから、続々と、状況確認の連絡が入ってくるようになった。

 そして、親父の幼馴染なども連絡があり、見舞いにいかせてもらいたいとのことだった。

 しかし、親父の衰弱は著しく、元気な状態でないことが誰の目から見ても明らかになる。

 どうしても遠方から見舞いにこられる方がいると、その方をご案内しないといけないし、親父の看病も平行して行わないといけない。

 親父は病気も進行し相当いらいらするのだろう。そして、モルヒネで意識もはっきりしなくなるのだろう。見舞い客を案内しに行こうとすると、「俺は大事ではないのか」といって、私に辛く当たることが多くなった。しかし、親父に残された時間はもう、一週間あるかないか。なんとしてでも、親父に最期会いたい人々にはあっていただきたい思いもある。

 そんな中、とにかく今の病院では、4人部屋から個室へ移す話も出てこないし、見舞い客の面会さえまともにならない。

 食事は相も変わらず食べられないし、食事が出てくるとがっかりするだけ。もうテレビを見る気力もないようだった。

 そんな中、ようやくホスピスの診察日がやってきた。

 その日の朝、病院に行くと、親父は、また怒っていた。とにかく、意識が朦朧とするのだろう。話す内容も一貫性がない状態である。そして、ついに、看護婦にも食事について怒りをぶつけていた。それに乗じて私も厳しく意見をしたんだけど、「わかっていますので、ご勘弁ください」とのことだった。自分たちが作り出している患者への不都合は改善する気がないのだそうです。まぁ、公立ですから、いいんじゃないと思いながら、雇用を長くすることと、サービスを改善することが両立しない病院に憤りを感じながら、親父をホスピスへ診察に連れて行くといって外出することに。

 もう、親父はふらふらだった。よく車にまで乗ってくれたと、今は思うが、車での15分間は親父にとっては長かったであろう。途中家の近くも通り過ぎたけど、家に戻ることはなかった。そして、車はホスピスのある病院へと到着した。

 私もよく知らない病院だが、車椅子をすぐに準備してホスピス診察室へと連れて行く。

 この病院は2年前に建て替えた新しい病院。なので、昔の病院のような窮屈な感じはない。親父曰く「施設が新しいだけではなぁ」という。病院が思っていたよりも大きくてきれいなのに安堵感があったようだ。

 そして、ホスピス診察室では、看護婦さんも受付で待っていてくれた。その看護婦さん、気をつかってくれて、車椅子も仰臥状態になれるまでの車椅子を準備してくれ、親父は少し楽になったと話していた。

 そして、診察となった。まったく知らない医師との対面であることと、親父がすぐにホスピスに移れるかの勝負である。

医師 診断結果を見せていただきました。かなり厳しい状態なんですね。緩和ケアを受けたいということですね。
高山 そうです。私は、この病院の玉置医師とは長い間見識があり、お世話になっています。
医師 あ、そうですか。
高山 それで、今回転院をさせたいのは痛みをとってやりたいからです。
医師 了解しました。では、お父さんに病状をお話しますね。
高山 はい。
医師 今の状態は胃から肝臓と腎臓に転移していて、肝臓の機能はほぼなくなりつつあります。肝不全に近い状態にあります。
親父 で、治療法はないのですか?
医師 今はもうありません。
親父 それならいいのです。

高山 そこで先生相談です。この病院に今日入院させてください。
医師 え、それは聞いていないですね。
高山 事実上、N市のCHU病院は専門用語を使って患者に話はするし、病状もわからないままだったのです。もうあの病院に戻る気はありません。なんとか、今日からこの病院に入れてもらえませんか。
医師 基本的には当日の入院は無理なこと、ご存知ですよね。
高山 ハイ、十分理解しています。
医師 まさか、退院の手続きとかしてきたんじゃないですよね。
高山 そこまではしていません。外出することになっています。
(医師と看護婦で、困った顔をしながら数分が経つ)
医師 わかりました。では、今日はいったんここに残れるように手配しましょう。そして数日中に一般病棟へと戻っていただき、順番待ちをしていただきます。
高山 了解しました。ありがとうございました。

その後、親父は処置室で待機をして、そのままホスピス病棟へと入院することができたのである。

 衰弱している親父をそのまま追い返せるわけでもないだろうと思っていたし、よく親父も病院へ移る気になってくれたものだと感心したものだ。そして、衰弱しきった状態で診察に来る患者さんもいないのだそうです。後日談になるが、やはり、病院内の医者の知り合いという言葉も結構重みがあったことが、後で玉置医師より話があった。

トラックバック(0)

このブログ記事を参照しているブログ一覧: 激闘 人生あと一ヶ月 親父とのラストラン その16

このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.atopy.org/mtsys/mt-tb.cgi/326

コメントする

このブログ記事について

このページは、takayamakeが2008年12月22日 00:00に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「激闘 人生あと一ヶ月 親父とのラストラン その15」です。

次のブログ記事は「激闘 人生あと一ヶ月 親父とのラストラン その17」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

Powered by Movable Type 4.292

高山家総目次


since 1996.10