激闘 人生あと一ヶ月 親父とのラストラン その14
親父と約束した以上ホスピスには必ず入院させる必要がある。
ここからは、私の人脈をフル活用してなんとしてでも、親父の命あるうちに入院させねばならない。
なので、ここから先は、十分な計画性と慎重に行動しながらも、結論はすぐに出していかないと間に合わない。
親父をホスピスに入院させるためにすべてを最短で物事が進むように、まずは長年世話になっている主治医に事情を話してなんとしてでも父をホスピスに入院さえたい旨を相談した。そしてその医師から、知り合いのホスピス病院の医院長に各ホスピス病院の特性について聞いてもらうことにした。
そして、次は、入院させたい病院の緩和ケア科に行くのだか、この病院は私もまったく罹ったことがない。知り合いの主治医経由での口ぞえがほしいところだけども、そこまでは無理っぽいし時間もかかる。そうなればと思ってこの病院の皮膚科は誰がいるのかと調べてみればなんとあの脱ステロイド療法で有名な淀川キリスト教病院の玉置医師が定年退職でこの尼崎医療生協病院へと移ってきていたのだ。
これは偶然。一応、私のいつも罹っている医師に玉置医師へつないでもらえるように話もしたんだけど、「ホスピスへの紹介はしてくれんでしょ」ということであったが、自分の強い信念で、一度玉置医師にだめもとで、相談してみようおもい、いつもかかっている主治医の診察のあと、飛び込みで玉置医師の元に罹ってみることにした。
じつは、玉置医師が私のホームページを見ていたことがあるとのうわさを聞いていたので、診察室にはいたときにはホームページの高山家ですと話をしたらすぐにわかっていただいて、父をホスピスに移したい旨を相談し、緩和ケア科に相談しに行くように言われた。
この病院の緩和ケア科の婦長には医大病院から転院する話の段階で電話相談に載っていただいていた。だが、緩和ケア科受付の方は事務局の方で、相談することに。
事務員 今回は緩和ケア科を受診されたいとのことですが、経緯を教えてください。
高山 いろいろ(詳細省略)とありまして、とにかく緩和ケアを受けさせてほしいのです。
事務員 緩和ケア科の受診ですが三週間先になります。
高山 え、多分そのときまで間に合わないですよ。何とか最短で。
事務員 では、4日後のお昼に来てください。診察時間外になりますので、時間は余裕を持ってきてください。
高山 わかりました。
このとき、診察だけで9人待ち。ベットにいたっては6人待ちで、すぐには入院できないというのが病院側の見解であった。やっぱり間に合わないのかもしれない。と何度も頭をよぎった。
どうも、NHKでホスピスの特集番組が報道された前後の日であった。
婦長と三週間前に電話したときはベットが空いているという話だったのにタイミングが悪い。
そして、あとは親戚筋への連絡である。親父はかたくなに周囲への連絡をするなと拒んでいた。なので、容易に連絡しなかったんだが、もし、連絡しないで突然訃報だけ連絡しても、親父の知り合いは心残りである。なので、親父には内緒で連絡することにした。親父は7人兄弟で、実家は長崎県の五島列島のある島。7人兄弟は五島列島と、福岡と名古屋と埼玉にいて、すぐには集まれない。それに、親父は兄弟から嫌われている。でも、最期ぐらいはみなにあってもらいたいと思い、親父とけんかして仲の悪かった次男さんにあえて、親父の見舞いのとりまとめをお願いした。
次男さんは初め驚いて、すぐに電話を切られたんだけども、そのあとから、連絡があり、週末にくることになった。来ていただくお願いをしたのはこちらなので、宿泊代はこちらで負担すると話をして、これで親父も喜ぶと思ったんだけどちょっと状況は違ったのである。
次の日病院にいったら親父に「お前みんなに連絡を取っただろ!!」とにらみつけてきた。そんなこともわかっていたので、親父と仲のよかった5男さんからうちに電話があり、ばれたと話をしてはぐらかした。そして、親父の兄弟さんにも事情を話し口ぐらをあわしておいた。
今日は火曜日。日曜日に兄弟さんがこられるので、金曜日のホスピスの診察でどうなるか。
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