激闘 人生あと一ヶ月 親父とのラストラン その10
そして、病気の告知の日を迎えた。
親父と医師と家族で話を聞くことになった。
打ち合わせどおり、私は発言を控えることにした。
医師 高山さんの病状ですが、悪性の腫瘍であることが検査の結果でわかりました。
親父 はい。
医師 そして、病気の状態ですが、胃がんから肝臓への転移が見られます。病状は進行してしまっていますので、手術をすることができなくなっています。あとは、肝臓の数値を見ながら抗がん剤をかけるかどうか、判断していきたいと思います。よろしいですか?
親父 はい。
医師 では、また、後ほど治療方針についてはご家族とご相談してから、お話してください。
親父 はい。
このとき親父は、病状のことも詳しく医師に説明を求めようとはしなかった。もともと、わからないことを人に聞こうとしない性分なので、仕方のないことなのだが。。。
そして、車椅子で病室に戻った。すでに父は歩行も厳しくなるぐらい衰弱していたのであった。それでも、トイレには自分で行こうという意思だけはあり、看護婦も呼ばずにしていたようだ。
病室に戻ってからは、事実を知り落ち込んでしまって、話しかけても不機嫌に無視することもあった。やはり、自分ががんである認識はなかったことがこのときにわかった。当然末期であることもわからないのであろう。確かに、告知する二週間前まで大工として仕事をしていたわけだから想像もつかないのだろうけれども、衰弱のスピードも速いし、痛みも相当あるようである。
痛みに関しては、しっかりとめてもらうように、頼むのであるけども、どうもまだまだ痛みがあると訴えるのである。痛みを10のうち数値にすると5から下がらないのである。なのでモルヒネの貼り薬と飲み薬を処方されていた。モルヒネの飲み薬を飲んだ後は相当な吐き気が来るらしく、飲んだ後は苦しいのか、だまって寝込んでしまうのである。そして、起上がったあと「吐き気がすごくて寝込んでいた」って言うのであった。
そして、告知の日に、車椅子に乗せて屋上へと連れて行くことにした。そして、病気のことで不安があると思ったので、親父にいろいろなことを話しかけてみた。
高山 親父。この病院でもう少し治療をしてみるか?
親父 なんでや?
高山 この病院にきてから、看護もよくないし、医師の診断だって当てにならない。結構ひどいと思うんだよ。
親父 それやったら、ほかにいい病院でもあるというのか?
高山 あるよ。A市のI病院には俺の知り合いの医者がいるし、もう一度そっちの病院で診察してもらうのもありやと思うよ。
親父 無言
高山 その病院にはがんの痛みをとる科もあるし、病気の積極的治療もできるのであれば期待ができるんだよ。このふるい公営のひどいサービスの病院よりもいいと思うよ。すでに、インターネットでも調べているし、知り合いの障害者の人たちもいいって行っているから、信頼していいと思うんだよ。
親父 無言
高山 ただ、この病院は、親父の判断を重視するって言っていてね、僕だけでは、判断できないんだよ。親父一度考えてみてくれるか?
親父 うん。
がんの告知で落ち込むことはすでに毎日接していると大体予想ができたのだ。だって、本人は病名をはっきりさせてほしいと毎日私に言っていたからだ。
なので、一緒に落ち込んでいても話は進まないのである。次に向かうステップに向けて行動をしておかないと、二人でぐずっているだけになるのである。
こんな、当人の決断を待つ日がまだまだ、続くのであった。
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