激闘 人生あと一ヶ月 親父とのラストラン その8
親父はまた一から検査の生活が始まった。
検査生活は体力を消耗するのみでなにも有益なことはないのだけれども、現状を知るためには必要なことらしい。
そんななか、驚きの報道があった。
それは、救急の消防士が救急で運ばれた家庭を狙って空き巣をしていたという報道だった。
http://sankei.jp.msn.com/region/kinki/hyogo/081024/hyg0810240310000-n1.htm
親父と騒然とした瞬間であった。おいおいである。それもよりによって「こないだ運ばれたところやんかいさ」と突っ込みたくなる話である。本当に「救急車も安心して呼べねえじゃねえか」なんて突っ込みたくなる出来事であった。私たちが運ばれたのが9月11日で、犯人が捕まったのが9月14日なんだからタイムリーすぎないって思いましたけども、当家は空き巣だけは逃れたので良かった。
「救急車をタクシー替りにしてはいけません。」なんてポスターを良く見かけましたけど、「タクシーで病院に向かったほうが安全」な社会でもあるようです。
そんなこともネタにしながら、上記の話を記述すれば高山家が住んでいるところがわかっちゃうんだけど、事実であることを示すには記事を紹介しないとわからないから書いておきます。
さてさて、日に日に食欲がなくなっていく父。とにかく、食べたいものを食べさせたいという息子としての思いはありますし、自分がおいしいと思うものも買って来てやろうと思うのである。ある日には、そうめん入りの味噌汁が食べたいというので、ここぞとばかりに、そうめんだって普通のそうめんじゃなく、ひねものという一年間熟成させたそうめんと、普段では買わない高級な味噌で作ったものを差し入れたりした。
そして、お粥が不味くて食べられないということだったので、私が食べた中で一番うまかった中華粥を食べさせてやりたいと思い神戸の南京町まで出向いて、さらさらで濃厚な出汁のでているお粥を夕食にあわせて差し入れたりもした。この中華粥は、お米を水から鍋で茹でて八時間煮込んだお粥で、そんじょそこらのお粥とは違うので食べさせたいと子供心で差し入れた。この粥は母も存在を知っていて食べさせたかったんだけど、食べさせられなかったのでリベンジの意味もあったのだ。
そして、粥を食べさせてたのだが、「うまい」といっておわんに注いだ粥は食べたけども、それ以上食べようともしなかった。食べた後のコメントは「こういうものばかり食べていたら普段の病院食が食べたくなくなる」といって、お粥の差し入れはそれ以後かたくなに拒んでいた。
これは、父が亡くなった後実家に行ったときにわかるのだが、都会での贅沢な生活には距離をおいていたようで、贅沢になれないことを美学として持っていたようだった。息子の想いと親の想いによる違いを見せ付けられた瞬間でもあった。
なので、親父が好んで食べていたものが何なのかを考えたときに、親父の実家である長崎県は五島列島の名産品を百貨店まで足を運んで調達することにした。たとえば、漁師街でしか作られていない、かまぼこであったり、練り物の天ぷらであったり、かんころ餅というお菓子だったり。あまり親父の実家には行った事のない私には関心がないものばかりだったので、調達にはネットで検索したりして選んでいた。
そして、自分の酒のつまみになりそうなことも計算して、食べられそうなものはかまぼこであれば全種類購入して親父の目の前に並べたりして食べられそうなものだけ食べさせたりしていた。買ってきたときは「いらない」なんていうのだけど、目の前で広げると食べようとするので「難しい人だな」と思うこともしばしばであった。
そんな、御用聞きがまだまだ、続いていた。
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