激闘 人生あと一ヶ月 親父とのラストラン その6
そして、転院の日がやってきた。
転院前に医師から再度呼び出され病状についての解説があった。
医師 今回は転院という事になりましたが、当院でも専門医に検査結果を診せて意見をもらいました。
高山 どのような意見でしたか
医師 癌の進行が非常に速いタイプの細胞のようです。
高山 どれぐらい速いものなのですが
医師 内科の癌専門の医師の意見として聞いてください。三ヶ月という話をしましたが良くて一ヶ月ではないかとの意見でした。
高山 そうなんですか?
医師 あくまで検査結果を専門の医師にみせただけですから詳細はわかりませんが。それと細胞の詳しい検査結果はまだ出ていませんので転院先の病院へ報告するようにします。
高山 了解しました。
このとき、医者に診てもらえるんだったら引き受けてもらえるようにすればいいやんけ!!って心の中ではおもっていたけど、ここでごねても仕方がない。それに、転院させるための搬送車も玄関に到着していった。
そして、搬送車でN市CHU病院へと向かうことになった。搬送車には若いインターンの医者が同乗していた。
搬送車といっても旧型の救急車で、まだ歩くことができた親父は自分で車に乗りこんだけどベットに寝ることだけはかたくなに拒んでいた。前回救急車で搬送されたときの車の振動が相当いやだったのだろう。なので、私と同じ付添い人席に座って搬送された。
途中、搬送車は私が望んでいたホスピス病院に行ける道を通ったが、その反対方向へと車は進んでいった。そのときはいつでも転院させられるだろうという軽い気持ちで同乗していたが、その道のりが長くなることは後になってわかるのである。
そして、私の家からとても近いN市CHU病院へと車は到着。家族にとっては近所なのでいつも見るなじみのある光景。なので、病院へ転院するのも特に違和感があるものではなかった。しかし、到着後総合受付で「あのー医大から転院してきた高山一家ですけど」って話をしても「少々お待ちください」と確認の連絡をあちらこちらへとするだけで、ほったらかし。「親父もだるいんで、何とかできませんか?」っていったら「処置室へどうぞ」って言われて一旦親父をを休ませることに。
その間、処置室から看護婦が四方八方確認の電話をしまくっていて病室に入室できそうにもない。
その間医大で同乗してきたインターンと話をすることにした。
高山家 あのー救急病院から転院をさせる話をしてるけど、トラブル多くない?
若医者 実はかなり多いんですよ。どうしても受け入れてほしいって。
高山家 そうだろうね。僕もゴネやろうかと散々考えたよ。
若医者 そうなんですか?その分移送費は無料ですから。
高山家 N市CHU病院は何回目?
若医者 初めてです。こういう病院があるんですね。
高山家 あれ、この病院は医大の学閥じゃなかったけ?
若医者 違いますね。
高山家 じゃあ、医大は設立からまだ、30年ぐらいだけど、もともとはどこの学閥が多いの?
若医者 H大です。
高山家 そうなだ。それなら、CHU病院とおなじなんだけどな??
若医者 そうなんですか。詳しいですね。
高山家 いえいえ。それと、末期がん患者が救急車で運ばれることってけっこうあるの?
若医者 実はありませんよ。かなりまれなケースです。
高山家 やっぱりそうなんか。
などなど話しているうちに、ようやく内科部長という人が降りてきて、検査結果を見た上で医者選びを始めた。そして、ベットの確保ができていない看護婦をしかりつけながら、問いかけがあった。
内科部長 あのー。病名を本人に告知していないのはなぜなんですか。
高山 これは医大の医師の方針です。
内科部長 では家族の意向ではないのですね。
高山 そうです。
内科部長 そうですか。では、中堅の油の乗った医師を担当にしますね。
高山 ありがとうございます。
そして、病棟の看護婦がようやく車椅子を引いて降りてきた。
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