中国大震災について
中国の四川省で大規模な地震が起こったと報道されている。被害については現地にいないのでよくわかりませんが、阪神大震災で被災した人間として、文字を連ねてみます。
母の葬儀の翌日であった。1995年1月17日5時46分。
地鳴りと共に家が大きくゆれ、家中のものが飛び散る中必死で布団の中でじっとしていた。揺れが収まり家族が無事であったことは確認したが、周辺の家屋は倒壊。倒壊した家屋に埋まった人々を助けに走り回った朝であった。
その後、電気もガスも水道も止まり、ラジオからの情報でもまったく全体がわからない状況であった。
そして、夜を迎えたときに周囲は暗闇で灯りもなく、何も出来なくなり、仕方なく近所の中学校に避難して初めて、神戸で大規模な火災が起こっていること、地震は阪神間で起こっていたことがわかった。
避難所では、夜に自衛隊の車が被災地に走りこんでくる光景が展開されていた。
当時は政府からの支援を得たというよりも、地域住民で助け合ったという想いの方が当時は強かった。それに、自衛隊の方にも避難所でお世話にならなかったし、政府関係者も、行政関係者もお世話になりませんでした。
それどころか、サカキバラ事件の少年ではないですが、政府トップでリベラル派の党首であった首相が被災地に来たのは一週間後であった。
それほど、日本の政治家は市民派と称する論理に振り回されて、自衛隊への出動指示も遅れた上に、政府トップが視察もくるのも遅い状態であった。
それに比べて中国の場合、首相が4時間後に被災地入りし、解放軍を総動員するという決断もさっさと出来るというのだから、強い指導力をまざまざと示した結果であることが伺える。
そして、中国大震災で政府機関の建物だけが残ったなんて中国メディアの記者が批判しているけども、行政機関の建物が倒壊して、有事に機能が麻痺した国よりよほど賢明な施策であったと私は思いました。
日本のメディアではプロパガンダとして、中国共産党が今回の機会を利用していると報じているが、すぐに救援体制が建てられない国家よりは、被災民としてよほどまともな国ではないかと思ってしまう。
文化思想に対する民族のぶつかり合いは私は経験したことがないし、人権の制限をなぜするのかもわからないですが、人類の不幸ごとに迅速に解決策を提供する姿勢というのは評価すべきことではないかとも考えます。
まぁ、マスコミの考え方とは流れの違う文章を掲載していることもわかりますけど、被災民としては当時と比べて、そういう感想を持ったので併せて書かせてもらいました。
最後に、地震で被害を受けられた中国の方々、その地域におられる方々へお見舞い申し上げます。
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多くの人たちの命が危険にさらられたとき、迅速、尚かつ理にかなった対応ができるかが国民にとっての政府に求める最たることです。