不幸とは何か 第四章
先日岩手の平泉まで一人旅に出かけることにした。理由はなんとなくである。平泉といえば中尊寺が有名な奥州藤原三代の 栄華を極めた仏教建築である。
平泉に行くには一ノ関まで新幹線で行って各駅停車に乗り換えて平泉へと向かうのである。丁度乗り換えの時間があったので一ノ関で途中下車をして街を歩いてみた。
街歩きのポイントが色々とあるのであるが、私の場合まずはスーパーに行く。スーパーに行けばその地域の人のライフスタイルが一通り見て廻ることが出来るのである。また、生鮮食料品売り場ではその地域特産品がずらりと並べられている事だってある。ところがこの一ノ関の場合は駅前にスーパーも百貨店もなかった。数年前まで百貨店とダイエーがあったらしいのだがどちらもつぶれてしまったのだそうだ。なんとも残念だ。たぶんイオンなどが郊外型巨大ショッピングモールを国道沿いに作っているのだろう。これでは、途中下車しても観光客の廻る場所が減ってしまう気がするが仕方がないのだろう。地方の百貨店のよさは1970年代の雰囲気をそのまま残していること。これに尽きる。屋上遊園があったり、大きな食堂があったり、ワゴンセールをやっていたりして懐かしいやら新たな発見やらで、小一時間は軽くつぶせますよ。もう少しすれば重要文化財に指定できるだろうし、昭和レトロ文化として保存活動を地道に続ければ世界遺産だって夢じゃない!!なわけないか。
【写真】一ノ関駅前のコンビニエンスストアー
その後、求職活動証明書がないと失業保険がもらえないらしいので一ノ関のハローワークへ。旅行中だって仕事探しは忘れません。そして、情報端末をいじって情報探したのですが、一ノ関で仕事を探すのはなかなか大変そうです。仕事の数は関西圏のように豊富にはないのです。そして、求職活動をハローワークの人に証明してもらおうとしたんですが、「一ノ関の仕事は見つかりましたか?」と声をかけられグキッと苦笑いしながらハローワークを後にした。
さて、一関市を後にして、平泉の中尊寺へ。
平泉にも周遊バスがあるらしく、一日乗り放題券を購入していざ中尊寺へ向かった。バスに乗るとき私はいつも後ろのほうに乗るのであるが、若い女性の一団が占領していたので前方方面に非難することに。そして、中尊寺前でバスは止まった。バスを降りると迷わないためにも中尊寺の位置を確認するために中尊寺境内案内図を見に行くことに。
そして、中尊寺目指して参道を歩くことになった。ところがである。先ほどバス後方を占領していた女性の集団が私の目の前を歩いていることに気づいた。私の目の前を歩く女性の年は20代後半から30代前半で白いブーツに白いコート。ロン毛でスタイルのいいナルシストタイプと一目でわかる美女であった。その美女を先頭に後三人女性がついて歩いていた。
さて、函館のときのようにこの女性たちを追いぬくべきかどうか考えたが、同じ轍は踏みたくないので今回は学習して遣り過ごすことにした。彼女たちの歩くスピードの二分の一程度にしたうえで、景色を立ち止まってゆっくり見て廻る作戦である。これなら彼女たちを意識することなく中尊寺を満喫できるとわれながら冷静な判断が出来たと感動をし、金色堂までの途中の仏閣をゆっくりと見て廻っていたのである。
作戦は功を奏し、金色堂につくころには女性たちの集団はもう眼中から消えていたのであった。だいたい、女性を意識して神社仏閣を見て廻ること自体、不純で悟りもへったくれもない。私もまだまだ煩悩がキツイなぁと。金色堂を見てゆっくり拝むことで悟りでも開こうかと思い直しながら金色堂へと入っていた。
さて、700年前に出来た金色堂はどれだけありがたいものなのかと金色堂に入ったとたん、私がやり過ごしたはずの女性の集団が。。。それに、ガラス越しに見える仏像に向かってなにやら怪しい動きをしているのである。白いブーツに白い皮のコートを着た女性が手の指二本を目の周りでくるくる回転させたり、指を組んでみたり。。。どうも仏像と交信をしているような雰囲気さえ漂うのである。そして、その怪しい動きをしている女性の後ろには三人の女性が手を合わせている。どうも新手の祈祷か何かをしている集団のようです。まさか、金色堂の仏像に向かって訳のわからん儀式を勝手にやるとは。。。
【写真】問題の事件があった中尊寺金色堂
あまりの状況にせっかくの入場料を返してほしいと思いながら仏像を見るのもそこそこに金色堂を後にした。
神社仏閣を歩いている若い女性はこれから警戒しようとこころに決めた出来事であった。
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