不幸とは何か
先日アトピー的自由計画のポストに差出人不明の郵送物が届けられていた。私の個人名宛てになっていたこともあったので早速開封をしてみた。差出人不明の郵便物を開封するのって刃物が入ってるんじゃないかとか、白い粉が入っているんじゃないかって勝手に想像してしまうからどきどきしますよね。なので、私以外の人がいる公共の場で封をきることにしました。すると、「地獄肌」というタイトルの書物が同封されていた。
この本の紹介を高山家ホームページで紹介するべきかどうか考えたのだが、作者の方の想いは横に置いていて書かせてもらいます。
まずハードカバーのデザインが皮の傷ついたりんごのイメージ図が書かれていて手にとるのに威圧感がある。そして、本の内容であるが、これでもかというぐらいアトピーのつらかった思い出を延々と書き連ねているのである。内容に関しては当事者として苦しかった記録や苦しいときどういう思いを持つのかを知るには詳細に描写されているから共感する部分があった。だが、当事者として厳しい意見を書かせてもらうとアトピーを卑しめすぎているような描写が連続するので、同じ患者としては気分のいいものではなかった。
私にはあまりいいイメージがなかったのでこの本がどの程度の方々にまでこころに響くのかをさまざまな人に本を見せて感想を聞いてみることにした。
まず、アトピーのゆかいななかまたちの反響は
「よくここまで細かく描写できたと思います」
「つらいときを思い出すから今はいいです」という意見もあった。
関係のない第三者の意見
「自分はアトピーで不幸なんだということがいいたんだろうけど、痛々しい」とのことでした。
アトピー患者の体験談は不幸自慢の集大成ってことになってしまう。これは病院の待合室でおばさんたちも病歴自慢やっているし、なんかそういう自慢は不幸の度合いが大きくないといけないような雰囲気になっています。
私も以前は高山家ホームページのプロフィール欄にも書いているように不幸がまとまってやってきたことがあります。以前TBSでやっていた「悪魔のささやき」で90万円はもらえる自信ありましたね。でもそれは同情されているだけになってしまうのです。
アトピーとの闘争なのか、アトピーとのアマーイ生活なのかは当事者の解釈次第なんだとおもいます。
同じ当事者として批判的な文書を列挙しましたがもし次回作を作ってもらえるなのなら私の批判にめげないでがんばって書いてほしいのです。ここに書いた意見は私の一意見として捕らえていただいて、今回の小説を贈っていただいた方の文才を生かして今後も小説を発表してほしいです。
批判している私であるなら今後こんな小説を書きたいと考えています。
そういえば私が骨折で入院していたときのこと。
あるスポーツマンの骨折患者さんがいました。
かれは病院のある場所で音楽にあわせて松葉杖を片方づつ使いながらダンスを始めたのでした。
松葉杖でしか出来ないダンスは不幸をエンターテイメントまで引き上げる面白い発想であると思ったのでありました。
アトピーとのアマーイ生活って言えるような事を何か考え付ければなぁと最近考えていますが私の場合、文才がないから小説はダメだろうなとおもう今日この頃です。
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