アトピー連続小説 続・骨折とアトピー 第十二話
入院して5日目。ついに退院の日を迎えることになった。
膝の曲げられる角度も格段に改善し、正座も問題なく出来る。痛みもなくなっているので帰宅するのもほとんど問題ない状態だ。だた、傷口にはまだ、ホッチキス状の釘が刺さったままなので動かしづらさはまだある。だが、この釘もあと二週間もすれば取ることも可能である。
主治医からは抜釘ごときで右往左往す必要なしといわれていたんだけれども病棟の看護師さんと話をしていてもそんなに怖がることはないよって念を押されていたから安心して退院することが出来そうだ。
ちなみにアトピーに理解がある病院かどうかというのは担当看護師さんがどこまでアトピーのことを知っているのかがキーポイントになる。アトピーが厄介なので入浴を自由にさせてくれたり、皮膚科の医師にも確認をとってくれたりする権限は一番身近な看護師さんとの関係が重要である。私の場合、今回入院した病院では8回目なのでどの病棟にっても顔見知りの看護師さんがいるから何とかなったけど、理解がない看護師さんばかりだと大変だったなぁと今回の病院では改めて思い返していた。
この連載を書いていて私がいつも入院する病院と過去に入院した問題の多い病院は何が違うのか。これは、病院側のさまざまな場面における問題解決の能力が高いかどうかがポイントになるのではないだろうか。ある意味、私のようなアトピーを自由にしておく発想の治療も規格外だろうし、性格だって歪みきっているうるさい患者を上手に対応してくれるのは、看護師さん一人一人の人間性も当然あるのだろうが、正当な仕事における評価がなされていることと、労働環境が整っていることも重要なことである。
公立病院の場合は正当な仕事における評価が「勤務年数」となってしまう上、労働条件は給与、待遇などが年数を経るほどよくなる条件なので下手をすると人的な側面で見た職場環境は活力の無い状況が発生してしまうのである。要するに「やればよくなるだろうけど今のままでも十分だろう」ということ。ここで間違えないでほしいのは「年功序列」でも雇用を安定させる意味では重要であるが看護師さんの場合は肉体労働者なのだから「年功序列」ではサービスに偏りが出るのである。一般的な病棟における看護師さんの平均年齢は28歳といわれている。なので「年功序列」体制を作るとたとえば50歳以上の看護師さんなどは体力差を補うために仕事の手を抜くという方法でこなしてしまう看護師だって出てくるのである。公立病院では実際にいましたね。私の場合はなかなか入浴させてもらえなかったです。
今回入院している病院はもう10年近くの付き合いのある病院だ。この病院も大手警備会社に数年前買収され病棟の建替え工事がすすんでいる。なので病院として評価をどう作り上げていくかを考えているらしく退院前にはアンケートの記入を勧められるのである。今までならこのようなことはなかったのだが、アンケートには職員さんの人情味あふれる対応や、医師と看護師との連携のよさを記入し回収箱に投函しておいた。
私がいつも入院する病院では10年間の間にさまざまな経験をさせてもらってる。大部屋生活でアトピーのことがわからない患者に無言の嫌がらせを受けたり、個室であるにもかかわらず「ヤ」のつく職業の方に絡まれて病室を移動したり、ある看護師からはステロイドを塗るように強要されたり、主治医のミスで薬事反応で死にそうになったり、右目網膜はく離の手術後、失明してしまったり、多分私のカルテにはさまざまなことが書かれていると思う。あるとき、看護師から「高山さんこの病院に戻ってくる気になりましたね」といわれたこともある。でも、私はこの病院に入院しようと思うのである。
その理由は一言で言うと「この病院で構成されている人々が好き」なのである。
いつも入院する病院は元々カトリック系の病院だったこともあり、シスターが病室へふらっとやってくる。そして、宗教の話もするけども普通の話もする。シスターといっても、もう80歳近くの方なんだけども本当に正直な人で私の病状が良いか悪いか偽りなくおっしゃるのでたまに私が傷ついてしまったりする。でも、私が半年間入院し続けていたときは、朝から病室にやってきて「朝ごはんを食べないと病気よくならないわよ」ご飯を食べたか見に来てくれ、キリスト教で言う願掛けがあるらしくわざわざ私の病気がよくなることをお祈りの中に入れて下さったのだそうだ。病者の秘蹟をもらうのも大事と勧められたり、家族同然のように心配してくれたり、病室でいじめられている話をしたら早速病院側に交渉してくれたり、さまざまな面で手を焼いてくれた。
公的病院のように職員の雇用保全のためにもしくは問題を発生させないために、病院側が患者に枠組みをはめ込んで枠からはみ出す患者を追い出すようでは本当に大変な病気を抱えた人って助けてもらえないんでしょうね。税金で赤字を補填している市民にとっては本当に心外である。
だが私、行きつけの病院は人を裁くということは本当に無いことが今改めて思い返して私の心のよりどころになる部分だと思う。本来なら一神教のキリスト教だから神以外は信じないといって他の考えを排除すると考えがちだがそのようなことはなかった。
私はカトリック信者では無いし、シスターにも「私が信者になるかどうかは神様しか解らないので私も答えられない」と返答し続けている。それでも、お付き合いはあいも変わらず続いている。
要するに、公的病院は患者を裁くが以前一神教が経営母体であった民間の病院は患者を裁かなかった。この違いは何なのだろうかと改めて考えながら、現在の政権では二元論を展開して選挙によって議員を裁いてしまったから社会全体が下克上のようになっているような気もしてきた。
病院のよしあしの基準として病院の綺麗さや歴史、地域、学閥など色々な要素があるがどの部分をどうすればいい結果が出るということは私の病院経験上ない。それに、人によって私の入院している病院が大嫌いという人もいやというほど知っている。結果として、患者自身がどれぐらいのことを医療に求めるのかということが結果として反映されるのではないだろうか。
今日で骨折して丁度一年目。おかげで今は全国を旅行してまわれるぐらい膝の調子は治りました。今回の入院でも、応援のメッセージなどありがとうございました。これで連載を終了します。最後までお読みいただきありがとうございました。
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