アトピー連続小説 続・骨折とアトピー 第十一話

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 私のいた病院は朝の6時から夜の9時までしか喫煙所がオープンしていないのです。朝の5時になればタバコがすいたくて6時10分前から喫煙所オープンを待ちかねてドアの前で立っていたりします。この朝の6時は患者さんのご遺体がご自宅へお戻りになられる車の出発時間でもあるのです。タバコを吸いながら、よく寝台車に向かって合掌するのでありました。

 私は寝台車に二回ほど乗ったことがあります。これは何も私が死人と間違われたのではなく親族を寝台車で運んだからです。そして、私はどうしてもいろいろなことを知りたい欲動があり、寝台車の運転手さんに雑談交じりで話をしていました。

高山「寝台車がよく呼ばれる時間とかあるんですか?」
運転手「そうですね。大体今の時間が多いですよ。日付が変わるごろまでが勝負ですかね。それと次に多いのが朝一番ですね。」
高山「いろんな方を運ばれているんですよね。困ることってあるんですか?」
運転手「そうだねぇ。今の時代、家で息を引き取ると警察が解剖するんだよ。殺人じゃないかって。だから、病院でなくなる方を運びたいものだねぇ」
高山「え、今家でおちおちなくなってはダメって事ですか。いくら高齢でも?」
運転手「え、高齢者だからこそ疑われるんですよ。」
高山「すごい時代になりましたね」
運転手「そうですなぁ」

 病院によりますが、最後を迎えた親族に「病院側で葬祭会社を手配しましょうか?」という言葉が看護師より告げられます。ここで、「ではお願いします」の場合は結構一般的な葬儀屋さんが呼ばれます。病院側の指定する葬儀屋さんにお願いするほうが寝台車の手配をしないでいいことと病院内の霊安室利用が可能であるなどの利点があります。もし。「いえ、自分で手配をします」といった場合は病室から寝台車へと直行ということになります。なので寝台車を呼ぶイコール家の片づけが終わっているということになりますから少し厄介かもしれません。ちなみに、霊安室が使えるかどうかなのですが、大体患者さんが一週間以内に亡くなると病院側が判断した場合、速やかに半ば強制的に個室へと移動させられます。なので、最後は個室で迎えますから、他の患者さんに迷惑がかかることは無いのです。なので絶対すぐに運び出さないといけないわけではないのです。ですが、霊安室を利用すると移動する時間間隔が伸ばせることはあると思います。ただ、葬儀屋さんの選び方によっては金額が大きく違うので事前調査されることをお勧めします。また、葬儀の日にちを延ばしたい場合などは巨大な冷蔵庫で死体を保管する施設もあるのですぐに自宅でということのないです。うちの家は母も祖父も二回とも、友引で葬儀屋から「冷蔵庫に入れますか?」っていわれたのですが、さすがにお断りしました。人間の最後を迎える場面で、生きている人間の都合を優先するのはありえないと判断したのと、人間として冷蔵庫に入れるのは文明の進化のうちに入るか!!。生きている人間の欲の基準が狂っているだけと考え、すぐに遺体を自宅に連れ帰りました。葬祭に関しては行政のおこなっている葬祭事業の民営化をしようとしているそうですが、これだけはやめてほしいと私などは思うときがありますね。葬祭は貧富の差なく執り行われるべきもののような気がします。ちなみに私の場合二回とも霊安室はお目にかかることはありませんでした。

 病院で患者が亡くなる日は大体、主治医もわかるのである。なので、心電図が止まった瞬間、看護婦が飛んできて、その後医師もやってくる。看護婦が家に帰っても心電図の音が耳から離れないということをよく聞くが、それは生死が関わる重大局面だからであろう。私の母が亡くなったのが夜の9時ごろで、主治医が帰っていてもおかしく無い時間だったが、そのときはいた。そして医師から、電気ショックを与えますかどうしますか?延命処置をどの程度行いますかなどの説明があり、家族の同意を得て死亡時刻が確定される。その後看護婦が処置を行うのである。死化粧である。ここでも、病院によって対応が違うのである。母の場合は夜になくなったため夜勤の看護婦が一人で処置を行っていた。それはいいのだが、処置が荒かったのである。家で遺体を横にしたとたん、口から血が出てくるなど処理の不手際さが見受けられた。看護師の夜勤のキツサもあるのだろうが、結局は葬儀屋に対応してもらうことになるのである。それに遺体の見送りも一人の看護婦が、業務用のエレベータ前でご挨拶する程度であった。もう一方でホスピスの場合は体を念入りにふき取った上、死に化粧も数名の看護師でよる処置を行っていた。また、寝台車に関しても朝の搬送となったのだがその間、病院の牧師さんが最後のお祈りを行った上、寝台車がと待っている病院の外まで病棟全員の看護婦さんがやってきて出発するのを見送るという対応には今思い出しても涙が出そうになる。それに処置は万全。遺体をどの方向に動かしてもなんともなかったのである。

 ちなみに、病院の霊安室を使えるかどうかなんて書きましたけれども、霊安室の隣には解剖室がセットで作られています。入院中暇なのでたまに、入院患者同士もしくは私だけで霊安室と解剖室を見てまわるのを趣味としております。ちょっとした病院探検ツアーですね。見所は色々な科の病棟を見てまわるとか、最新検査設備を見に行くなどありますが、一番の目玉は解剖室と霊安室。病院の案内図を見ても絶対に書かれない霊安室と解剖室。こういう時手がかりになるのは病院の避難経路図を見れば大体病院の構造を知ることが出来ます。その中で、検査室や看護師さんの着替え室、病院の医局、事務や倉庫以外で、裏口から遺体を搬送できる場所を特定すればだいたい、地下一階の業務用で入り口近くにあるという答えが導き出されます。以前の病院は調理場の向かいに霊安室と解剖室がありました。そして、人の目をかいくぐり、夕方から、夜のあたりを狙って探検するんですが、警備員に見つからないように探す、スリルがなんともいえないのです。そして解剖室へ。解剖室は普段見られない人間の内臓がビンなどに入れて保管されています。それに血に染められた浅黒いゴム製のエプロンとゴム長靴。台所のシンクを大きくしたような解剖台。部屋をのぞくだけでもどきどき物でビンに入った内臓や脳なんか見る気もしないし、自分の肝を冷やしながら心では念仏を唱えながら隣の霊安室へ。霊安室は安らぎの空間です。ここで特筆すべきところは建設された年代によって霊安室の雰囲気が変わるのです。昭和30年代に建てられた病院は畳の間で、横にはシンクがあり親族がお茶を入れて控えることが出来ます。また、壁には仏教の無宗派であろう曼荼羅の掛け軸がかけられ線香をあげる事も出来ます。昭和40年代からはベット型の霊安室でよくドラマに出てくるシーンの霊安室へと変化を遂げていきます。ちなみに、最近の霊安室は温度、気圧などを調整するためなのかドアを開けるたびに天井の換気扇が轟音でまわっていたりします。最近のものは特に宗派問わない形になっていますね。私がよく利用する病院はクリスチャンの病院で霊安室には十字架が掲げられ、白一色の霊安室でした。

 入院していて面白いのは私のような若い人間でも、おじさんたちと話が出来るということと、人生の最後を迎えつつある人々の人生ドラマを見たり聞いたりして自分が今後大事にしないといけないことを考えたりする場でもあるのです。人生の成功体験を知るのは自己啓発系の本やセミナーを見ていれば良いのですが、病院にいる人々の最後を見ていて思ったのは、ほとんどは普通の方々です。それなりに積み上げることの出来た人もいますが、積み上げ方によってはこんなに違いがあるのかと思うこともありました。たとえですが銀行員さんの場合、明らかに金を溜め込んでいるはずなのに、入院生活をみても貧しいままです。それどころか、栄養失調で入院してきて理由を聞いたら「値段と味のバランスが取れた食べたい食べ物が世の中に売っていなかった」のだそうです。お金のみを支えに生きてこられた影響で家族もご子息も面会に来ないしお金以外の人生における理想はなかったのだろうかと思いましたね。ちなみにこれは極端な銀行員さんですから銀行員全員がそうとは限りません。

 それに、なにせ、一番初めに入院した病棟は混合病棟で眼科皮膚科精神科耳鼻科だったのです。問題は、この精神科。サナトリウムまで行かないけど入院は必要な精神病患者さんだった。精神科の患者さんたちを見ていて不思議だなぁとおもうのは、たとえばある大企業の社長さんだったのだですが、会社の社員さんが来るときはシャキーッとしているけど、社員が帰ると症状が一挙に悪化するのである。そして、真面目な学校先生の場合、なぜこうなるのか解らないという感じで入院していて、見た目はまったく病人とは思えないのだが、病気を発病しているらしい。その人から熱心に病院の近くにある新興宗教を勧められ「入信すればどんな病気でも治る」っていうから、「あなたがまず治らないと信じません」っていって断わってもいろんな理由をつけて勧めてこられた。あの、事実をねじ曲げて言い負かすすべのすごさは改めて驚きでもあった。そして、自傷行為を伴う同い年の女性がいたのだが、ついうっかり、人生相談をしてくるから話を聞いたのが最後。私の病室にずっとやってくるのである。周りの目もあるし、私は看護師さんのほうが好きなので、一生懸命部屋へ戻るように促すのだが、帰ってくれない。おかげで看護婦さんも同室の人も「高山さん冷たいですね」とか言うから「違うんですよ。だからね。。。」って言っても誰も信じてくれない。それどころか、消灯後喫煙ルームにいくとその女性は待ち構えていて肉体関係を迫ってくるので「いい加減、自分の体を大事にしなさい!!」っていって叱り付けたら「そんな事言ってくれたやさしい人は初めて。だから。。。」さすがに無視して逃げました。そして、逃げても追いかけてくるので、知り合いのある女性にお願いして「俺の彼女のふりをしてくれ」と頼み込んで演出した瞬間からピタッと止まったので助かりましたね。これが今で言うストーカーなんでしょうね。私以外の男性にも同じ行為を繰り返していて被害者は3人に上りました。人生相談に乗ったとき、男性遍歴の話も聞いたけど、奴隷のように扱われてごみのように捨てられるのだそうです。エロが好きな方はチャンスなんて馬鹿なこと考えるんでしょうが、相手も同じ人間なのですから最後どのようになるかわかるんだから、人間として性交渉だけして女性を捨てることがどうなのか考えてもらいたいものです。このような病んだ人間のなかで生活するのもまた人生勉強のひとつでもあります。

第12話に続く

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このページは、takayamakeが2006年9月16日 18:14に書いたブログ記事です。

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