アトピー連続小説 続・骨折とアトピー 第八話

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 また話題が反れたので本題に戻します。

手術翌日。
体を拘束していたものは徐々に減らされていった。
最後に残るのは、点滴のみ。
朝食からは普通の食事となったので、点滴も留置針を残して本体は撤去された。
一日三回抗生剤の点滴があるが、そのときに留置針に合体さすのみである。

病院というところは不思議なもので、病院内でも病棟によってルールが変わるのである。
病棟というと、簡単に言えば受診科ごとに一つのことでも変わることがある。
たとえば、留置針にしても液漏れといって、血管から針が外れるまで放置しておくところもあれば
毎日変えるところもあるし、こういう情報というのは医師の方針で変わってしまうのである。
どれが正しいという言うのは一概に言えないのだろうけども、不思議なものである。

それに、私はいまあるコミュニティーサイトで医療情報をずっと見ているが海外などでは
手術後の翌日には入浴させることが常識である国もあるそうだ。
要は、術後に入浴することで患者の回復したいという想いを早めることに役立つそうである。

そして、術後の患部はどうなっているのだろうか。
起き上がってもいいというので起き上がり術後の膝を曲げてみたのだが。。。

激痛!!

医師「膝曲がりませんか?」
高山「いやーがんばってもここまでですね」
医師「そうですか」

術後の経過がそうすんなりといくと思ってないからこんなもんやろうなぁと想いながら
その日は安静にしておくこととなった。

そして翌日
点滴での抗生剤投与が最後となった。
点滴の抗生剤はとても怖い。なぜかというと悪くなるときはあっという間に
アトピーを悪くさせてしまうからである。それでも、3日目で抗生剤が止まるのは術後の
対応としては早いほうであった。

その後は飲み薬で抗生剤投与となった。

以前罹った病院の処方箋を皮膚科医に見せたところ
同じ系列(セフェム)の第一世代第二世代第三世代を投与していたらしく、世代を追うごとに薬事反応が減るとはいわれているが基本は系列を変えてしまうのが王道なのだそうだ。
今回の病院はニューキノロン系というものを使用してくれたおかげでなんともなく終わった。
これにより、今後手術をするときも抗生剤を怖がらなくてもいいことがわかった。
また、親切に薬疹カードを作ってくれたので今後罹る病院で提示すれば安全であることも解った。この病院は、連休中であったにもかかわらず、皮膚科医と整形外科医が休日出勤をして様子を見に来てくれた。薬疹に関しては皮膚科が担当することらしいので、当然のことだが、こういう病院内の連携が出来ている病院と出来ていない病院の差って何なんだろうと改めて考えさせられる出来事であった。

 ちなみに、ある医師に言わせるとチーム医療は人件費削減目的の経営者の論理などと言っているが今回の事例を考える限り、多科の連携が患者にとってどれだけ大事なことか考えてもらいたいものである。医者でも全能感を持っている自己愛(ナルシスト)がきつい医師にかかってしまうと患者は殺されそうになるということだろうか。完璧な人間なんていないんだから、判断は連携をとってさまざまな立場の意見を議論をして結論をだすという当然のことが出来なくなっている社会なんだと改めて感じた出来事でもあった。一方的な権力の上下関係を盾にした、議論さえ出来ない環境は医療に関わるスタッフの士気にも関わることである。

 医療の世界は社会主義であるといわれている。これは、激しい競争原理がないため大学病院の方針が主で、医師の技術力はあってもなくても医師として立場を補償されてしまうのである。現場に関わるスタッフの意見が反映されにくい今の医療制度であるだけに、チーム医療を心がけている今回の病院はイレギュラーなのかもしれない。

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このページは、takayamakeが2006年6月27日 05:09に書いたブログ記事です。

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