モラルハラスメントとは

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最近、ある人からモラルハラスメントの相談を受けている。
アトピー患者なら被害に遭いそうだなぁと思いながら、今勉強中である。
モラルハラスメントを起こす加害者の人格像は下記の内容のようである。

モラハラ男と、自己中おぼっちゃま男の違いより

モラハラ男の心の中にも、「思いやりの心・慈しみの心・優しさ・共感」などの感情が彼らなりに存在する。
恐ろしいことにそれはモラ的「おもいやり」でありモラ的「慈しみ」でありモラ的「優しさ」でありモラ的「共感」であって、通常の人間関係におけるその感覚とはかけ離れている。
モラ的なそれらの感覚は、彼らが「してやった」「したった」と連発しているところから、自己満足的で押し付けがましいものである。
相手のために心からしていることではけっしてなく、ただそういうことをしている自分に酔っているだけである。そういう俺が、かっこいいからしているだけであって、相手の感情などはおかまいなしなのである。
「モラ夫と死について」でも述べたが、彼等はお通夜・葬式が大好きである。「そういうことはきっちりする」自分に酔えるという、最高の機会だから、嬉々として出掛ける。気の毒そうに数珠を持ち、焼香したりするが、そういう自分をどこかから映像としてとらえていて「さすが、俺」と思っている。
だから、どんな通夜や葬式の帰りの車の中でも、「今までに知っている人が死んだ時の話シリーズ」を延々と語ったり「今までに参列した通夜や葬式の話シリーズ」を延々と話せたりするのである。モラハラ男が記念日における「花束」や「プレゼント」が好きなのは、「そういうものを贈る自分がかっこいい」からするのであって、相手が喜ぶかどうかなど思いもつかない。だから逆に、喜ばなかったりしたら最後、非難しまくるのである。誰かに贈り物をして、歓迎されなかったとき人は、「もっと気に入る物を選べばよかった」自らのチョイスを責めるがモラハラ男は「俺がしてやったのに、歓迎しないとは何事か。」と相手を責める。
それはモノでも気持ちでも同じで、「受け取れ、喜べ」という一方的な自己愛的な行動である。吉本新喜劇で、ネタを連発しないで、芸人が「笑え」と命令しているのと同じ。笑わなければ「何故笑わないのか」と観客を罵倒する。そこに「どうしたら笑ってもらえるか」と、他人の心を洞察する能力はあくまでもゼロ、なのだ。「喜ぶ」というのは、他人の自由な感情であるのに、それが自由であるとは思えない。その感情すら、コントロールできると思い込んでいる。自分の思い通りになると思っている。一事が万事そうなので、物事がうまくいかないと思い込んでしまう。他人が思い通りに動かないから、それは当たり前なのだけれど、だから彼等は常に不機嫌で、イライラしているのだと思う。
繰り返し言うが、「モラハラ男」には「相手が喜ぶであろう」と思って、そのような行為に出ることはない。彼らは相手の気持ちを推察する能力が劣っているのではなく、そういう機能が全くついていない。もしくはそういうことをしている自分を評価して欲しいからしているだけなのである。彼らは、そういうあたたかい感情は「まったく」持ち合わせていない。持ち合わせていないと、他人とうまくやっていけないから、非常に不便である。経験上、持っていないとマズいことだけは知っている。だから、あくまでも表面上、そういう感情を持ち合わせている「フリ」をして、人間社会に紛れ込んでいるのである。「他人の感情を推し量る」機能が最初から抜け落ちた、彼等は人間のフリをしたモラ星人である。

モラルハラスメントは
職場内での労と使における意見の対立が起きた場合、本来ならば対等な立場として議論が戦わされるべきなのである。そして、意見の対立というのは仕事の評価軸をどのようにするのかということがはっきりとしていれば解決されることが多い。なので技術系の職場ではほとんど発生しない。だが、公共団体や、慈善団体、サービス業など仕事の成果軸がはっきりしない場合、対立の解決は難しい。対立というのは組織をより活性化させる意味では大変重要なことなのである。ところが、この対立を支配と服従という形で解決してしまうこと。これはすなわち加害者が被害者の人格を奪うことを目的とする。これが会社内の上下関係で行われる場合権力を乱用した人格の支配となる。

 さまざまな意味での対立は相手を理解し、自分が変わるー。自分たちが豊かになるきっかけをもたらすのであるが、モラルハラスメントはあらゆる変革変化を阻止するだけのことらしい。

 アトピー的自由計画でも常に参加者と私の対立はすさまじいものがある。だが、皆が納得するまで私は議論を続けるし、みんなで考えようと努力するし、最低限自分が責任の取れる範囲でしか事業計画は立てない。これが、自分が責任も取れないのにとてつもない事業計画だけ立ててあとは誰かがやるんじゃない?って思うような事業は誰もやらない。

 モラルハラスメントを予防するのは運営者の心構えひとつなのだなぁと改めて考え直した今日この頃です。

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コメント(2)

高山さん、リンクありがとうございました。
当方もブックマークさせていただきました。
よろしくお願いいたします。

モラ夫ですかぁ‥。
ぼくは、そこまであからさまな人に会ったことはない
ような気がします。
単に気づいてないだけかも。(^^;

ぼくの場合は、自分がそうならないように気をつける
べき立場なのかも。(^^;;

モラ夫さんに自覚がないことと、社会の適合性があることで気がつくには時間がかかるようです。それに、被害にあっても周りの人からも理解されないことがほとんどだそうです。

モラ夫さんのことを自己愛型人格障害と言うそうです。
簡単に言えば極度のナルシストですな。

自己愛が悪いというのではなく行き過ぎると問題があるということだそうです。

私もそうならないように気をつける立場であると思います。

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このページは、takayamakeが2006年5月25日 00:00に書いたブログ記事です。

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