アトピー短編小説 アトピーとゲイ 第二話

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一話より続き

 アトピーの人たちは、私の知るかぎり地味である。大学生になって今どきのカッコいい洋服を着てみたくて、生まれて初めてファッション雑誌を買った時は、なんだか恥ずかしかった。お金が欲しくて、清掃業のアルバイトをはじめた。3年間続けた。体に多少なりとも悪影響はあっただろうが、B病院の皮膚科が評判がいいと教えてくれたのは、そのバイト先の社長であった。因果なもんだよ、人生は。

 昨年の6月、整形した後すぐに、ゲイの恋人ができた。美容師をしている21才の美男子から告白されたのだ。私の体は、なぜだかこれまでなかった程、きれいになっていた。狂おしい夏を過ごして、秋に彼と別れた。秋のはじめ、私の体はニキビが大量にできた。そして今度は35才の美容師から声をかけられた。髪の長い美青年で、なぜだかまた美容師であった。彼のマンションでコーヒーを飲みながら、私は「まったくこの顔が治る宗教があったら信者になってもいいぜ。」と言った時、彼の顔はギョッとした。彼はある新興宗教の信者であると言った。手かざしすると体の悪いところから膿が出てくるそうである。お祈りをしてあげるから、目を閉じて心の中でニキビが治るように強く唱えなさいと言われるままにした。目を閉じている間、私の心は雑念でいっぱいだった。人間の弱さを市場として新興宗教があるように、アトピーの人間を食いちぎるバカ医者どもも多いだろうなどと考えていた。目を開いてから、彼にこう言った。「もし膿が出るとしたら、それは僕の心からかもしれない。」彼とはそれっきりだった。

 10月になって、私の顔は真っ赤になって大学を休学し、C市の病院に入院した。リバウンドだと言われた。顔を切開したままの状態がひと月以上続いた。その病院で、全身リバウンドの男性を見て、この人はいったいいつ愛されるのだろうと思った。最低だよ、オレは!死のうと思って顔に包帯を巻いたままD高速を時速150キロで走ったこともあった。ドライブは好きだが免許を取ったら3年間で9万キロも走ってしまった。これは狂気の数字だ。バイト代のほとんどがガソリン代で消えた。遠くの都市を通りかかる度に、ああ、どうして私はこの街ですべてをやり直せないのだろうと思った。遺書を書いた。泣きながら書いた。書きおえて、またはじめから読み直したら、漢字の間違いがあって直した。そしてまた読み直したら、大笑いしていた。

 今年の3月、B病院にかかることになった。皮膚科のG先生に提出するアトピーの日記に、死にたいと書いたら、彼はそれを見て軽く言い放った。「ええ、時々死んじゃう子いるんですよね。」コ、コノヤロー!人が死にたいと言っているのに、まったく死ぬ気も失せるぜ!とにかく、この病院にかかってからは私のアトピーは小康状態を保つようになった。ゲイとしての肉体関係を持つ気にはなれなかったが、ゲイバーにはまた行けるようになった。ミセコ(ゲイバーで働いている男の子たち)は、私の復帰を歓迎してくれた。久しぶりに酔いつぶれた私はミセコのひとりにこう言った。「君はうらやましい。この商売についたのは、君が多少なりとも自分に自信があったからだ。自分の若さ、若い時間を試している。」私は私で留学したいと思っていた。それに、両親から離れたかった。それを実行するために、私は自分の部屋をかたずけた。本とCD以外の物はみんな捨てた。私が生活していた形跡を残したくなかったのだ。ありとあらゆるノート、メモ、テープを捨てたのは、手がかりを残したくなかったからだ。2年後に帰ってくるとだけ書いたメモを残してから私は家出した。H市にある工場で一週間程働いた。両親と離れられたのはよかったが、アトピーは悪化した。まったく眠れずに仕事は手につかず、早朝、荷物をまとめて寮を抜け出した。まぬけだった。私が唯一行くことができる場所はB病院しかなかった。G先生には迷惑をかけてしまって、その後自宅に戻ることになったのある。

 私はアトピーの調子がいい時は、本来のお調子者の性格を発揮する。母親からお金をもらってひとりで東京に出かけた。修学旅行以来の東京行きである。私は田舎者で野暮ったく、今まで東京という都市を恐れ、また、憧れていた。東京駅で山手線にのりかえ新宿でおりた。都市の大きさと人間の多さに圧倒されてしまって、私は道のはしっこをうつむきながらはや歩きする。目ざす場所は日本のゲイのメッカ、新宿二丁目である。白昼にもかかわらず、ひと目でゲイとわかる男の子たちがたむろしていた。私は雑居ビルの2階にあるゲイが集まる店に入った。店の中はわずかな照明しかなくほとんど真っ暗に近い。いくつもの小部屋と仕切があって、あえて遠まわしに言えば、男と男が出会う場所である。私はC市でもてないのに、東京にまで来て何してるんだと思いながらタバコをふかして壁にもたれていたら、すぐ傍らで若い男の子が私をじっと見つめているのである。なかなか可愛い子だ。彼と何があったかは、御想像におまかせする。その後、彼とは店で別れて階段を降りると強い日ざしを浴びた。帽子をとり、手で額の汗をぬぐうと、フウーとひと息ついた。東京なんて、ちょろいもんだぜ!男らしく歩いて、高島屋に向かった。

【高山家考察談】
 この短編小説を書いた本人さんにも会ったことがあります。一見普通の今で言うイケメンタイプの人でしたね。ゲイの世界ってどんなんだろうと社会見学のつもりで本人さんに「ゲイバーにつれてって!!」ってお願いしたら、「その気がないなら絶対に行かないほうがいい」と思いっきり拒絶されるし、周りからは「高山家はなに考えてるんだ??」っていわれる始末。知らないほうがいい世界ってあるようなのだなぁと思いながら、考えてみたらアトピー患者になることがいいことではないという想いを持っていることも大事であると改めて思い直した出来事でした。

 高山家はホントいつ人から愛されるのだろうかと思う事がある。この30年間アトピーであることを明かしてしまうことで弱みにつけ込まれ、さまざまな人から利用され続けてきた。善意悪意さまざま入り乱れながらそれを許してきた自分を今反省し、アトピー患者のためにではく自分がいかに楽しく生きているかということを見つめなおす転機がきたのではないかと思っている。そういう意味で、この小説を書いたゲイの彼はさまざまな意味で考えさせてもらえるきっかけをもらえたような気がする。

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このページは、takayamakeが2006年5月23日 00:00に書いたブログ記事です。

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