表現は個の狂気である

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 昨日朝まで生テレビを見ていてテレビとは何かがテーマの討議を行っていた。

 討議の中に電波少年のプロデューサーである土屋敏男氏が登場していた。土屋氏はテレビの構成している要素として「放送する機械(ツール)」「見られていること(インフラ)」「表現」で構成されている。と話していた。そして、「表現」を掘り下げていくと→「創造」(クリエイティブ)であり、「創造」を掘り下げていくと→「個の狂気」になると話をしていた。

 土屋氏的には「表現」が「個の狂気」ということになるのだろうが、具体的に「個の狂気」って何?とさらに話を聞き続けていると、たとえばラーメン好きの人間がいたとしてその人物が年間300杯食べてつづけていることが個の狂気になるのだそうである。

 電波少年を見ていて馬鹿馬鹿しいなぁと思いながら実はビデオ録画して見ていた私としてはへーとおもう事もあった。土屋氏曰く「原宿に行って若者に話を聞いてみると、若者が日本の首相の名前を知らない現実があり、若者に今の首相の名前を知ってもらうには、例えば首相官邸にアポなし突撃で無名の芸人を突入さすというドキュメンタリーが首相が誰なのかを知ってもらうことになるという」ある種テレビは演出や企画が物をいい、出演者の個性は後からついてくるというスタンスはなかなかおもしれぇと思っていた。

 今土屋氏は第二日テレというインターネット放送の事業部長をやっている。彼はインターネット放送では視聴者層の「狭さ、広さ。」ではなく「番組内容の深さ。」であると述べている。そして、大切なのは有料か無料かということではない。視聴者が「この番組を観るためには対価が必要なんだ」と視聴者に理解してもらえる番組作りが今後の目標だと話をしていた。

 表現っていろいろな捕らえ方があるんだなぁと感心した昨日であった。

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このページは、takayamakeが2006年4月29日 23:26に書いたブログ記事です。

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