アトピー連続小説 骨折とアトピー 第八話
医師との信頼関係
この病院に入院していて、何かおかしいとずっと訴えかけてきたのであるが、3週目を経て退院の話が出てきた。
三週間を経て、私の骨折した足はまだ、60度ぐらいしか曲げられないのである。
整形外科は今まで、お世話になったことが無いので、医師の指示をできるだけ守るように心がけてきた。ただ、ひとつ引っかかることがあったのである。それは、インフォームドコンセプトがかなり誤った形で、行われているなぁと感じていた。
実は手術前、インフォームドコンセプトと称して、医師から説明があった。
その内容はどのようなものかというと、麻酔の恐ろしさ、合併症の恐ろしさ、感染症の恐ろしさ、骨結合の難しさを列挙した紙が渡され、親父とともに話を聴いた。私はこの手の話を聞いても、「はっはん。訴訟リスクを軽減するための対応だな」と思ったので、聞き流した。
ところが、親父は「おい、あの説明は手術が失敗するかのような話やないか。それに、手術室の前で待って患者も骨結合がうまくいかず再手術しているらしいで。大丈夫かいな」というではないか。
医療知識のない人にとっては脅かされるだけの話であろう。
私は、「手術前の儀式みたいなもんやで」とかわした。
そして、術後、何度か薬事反応はあったもの、その後は医師を信頼して話を聴いていたのである。
ところがである。3週間目に入り医師から何の前触れも無く「今週の土日に退院をお願いします」というのである。確かに膝蓋骨骨折は3週間で退院というのが標準的な治療の基準であることは私もインターネットなどの情報を見て知っていた。
だが、その標準的な治療に私の場合当てはまらないことがある。それは家庭内の事情である。
たとえば、家に帰っても母はすでにこの世に居ないため身の回りの世話は自分でするしかない。その為自宅に帰ったとて入院の状況を保つには無理な側面がある。たとえば、自転車に乗れないため通院できるかどうかさえまだわからない状況である。(病院まで徒歩で15分はかかる)あと、これは家の構造にも問題があった。トイレに入ろうにも足が曲がらないため、トイレができないことも考えられる。(家のトイレは階段の下にあり、スペース的にとても足が伸ばせる状況にない)
このような状況を話していても、医師は「最終的には家で生活するのだからさっさとなれれば」という発言が飛び出すし、「入院患者が待っているので、理解しろ」とも言う。
ただ、私が聴きたかったのは、家に帰って患者さんは家の構造でトイレができない場合どう対処しているかであり、入院患者が待っているということなど私の病状には関係ない。それどころか、この病院のベットの空きはまだ、五床あることぐらい見ただけでわかる。
そして、主治医が回診をしにきたとき、私に向かって「今後のリハビリはこういう形のこういうことをするのよ」といって足を強引に曲げだした。当然、めちゃめちゃ痛かったのであるけども。。。
さすがに私はそのときキレてしまった。
主治医に向かって「患者との信頼関係をあなたは築く気持ちはあるのですか」と話、手術した経緯から、今後の方針ついて問いただした。
それから30分間大声を発しながら病室で医師を詰問したのである。
なぜキレたか。
それは、今まで骨折治療における選択肢を説明受けたことも無く、また、なぜ手術をするのか、手術後どのようなタイムスケジュールで治療を進めるのかの話が主治医からまったく無かったのである。なので、今でも、正直なところ、「膝が最後曲がるのか?」と思うぐらいである。
今の主治医、決して治療の腕が劣るとも私は思っていなかったし、手術のときの真剣な顔を知っていたので、まじめさは十分わかっている。だが、患者を卑しめることが多々見受けられたのである。
なので、患者をどうやって言うことを聞かそうかということばかり頭をめぐらして、自分に何が足りないのかが見えないようであった。
その後医師は「説明が足りず申し訳ありませんでした」と悪びれながらも詫びたので
「まぁ、わかってないやろうけどもういいは」と思い、会話をやめた。
病室の患者さんからは「高山さん、よく言った。すっきりした」とか「高山さん、医者を向こうにまわして理路整然と話をしますね」とか「激怒しながらも筋を曲げずに話をするね」といわれた。
私はこういうことになるのがいやなので我慢を決め込んでいたが、やはりまだまだ、器量が足りないようです。
「プライドが高く患者の話を聴かない白い巨塔のザイゼンさん」丸出しの医師だったので個人的には面白がっていたが、自分にその悪い部分が迫ってくるとさすがに参りますね。
今の主治医に怒鳴りつけても私には悪い方向にしか理解が進まないと思っています。また、そんなことをしてしまったと後悔しながらも、今後はより、治療の方針だけは確認しておこうと心に決め、今回のことがなにも無かったかのような対応が私にできるのが、いまの精一杯の努力であろうと思っているのである。
ちなみに、他の患者さんからは「ああいう先生に当たった場合は何も言わずに他の病院へ移ったほうがいいんですよ」といわれ「そうやったなぁ」と心の中で思っていたのである。
その後医師との話し合いで、折衷案として試験外泊後、病状を見て退院することになった。
退院の話があった翌日、リハビリ医に相談したところ、具体的な提案があり、膝の曲がる角度も格段に改善されていった。そして、家のトイレに入れることが確認でき、退院することとなった。
私の亡くなった母も、実はH大系の医師に抗がん剤をがんがん投与され1年で死んでしまった。H大系にはホント悪い因縁が付きまとうなぁとおもうし、H大系には罹らないことと心で思い、S大系も万全ではないけどもねとも思う今日この頃である。
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