市民活動の最終目的とは?
私は今、いろいろな市民活動団体に関わる機会がある。そして、アトピーの問題にまつわる活動団体を見ていて感じることがある。
それは、「活動の形には期限というものがある」ことである。
私が、神戸の市民活動に関わろうとしたとき、ある人からいろいろとアドバイスを受けた。そのアドバイスの中で一番衝撃的だったのが、
「市民活動団体の最終ミッションは解散することです」
といわれたことであった。
私は最初のころ、アトピーの問題は医療の制度や、行政のシステムに問題があるから、何とかできないだろうかという話をしたのである。しかし、その人は
「あなたは、不平不満を行政にぶつければ改善すると思っているのですが」
といわれたのである。そして
「行政に対する圧力団体を作るのであればお手伝いできません」
とまで突き放されたときから、私はアトピーの問題を行政に頼って解決することをやめて、自分たちで出来るところまでやってみようと思い直したのである。
そして、もう一つ市民活動団体に関わって見えてきたのが、私が生まれる前から市民活動をされていた諸先輩方の顛末である。
市民活動に関わっている人々は少数者の意見をいかに政策や制度に反映させるかという活動をされてきて、その成果が、少数者の存在を認められる形を作り上げてきたことには本当に頭が下がるおもいなのである。
ただ、その人たちの活動がずっと時代の流れに沿っているかといえば、そう思えないことも最近感じることがある。
そして、さまざまな形で、その活動が続かなくなってしまう光景は、私の中では儚いのである。
社会のひずみがあって、ひずみを少しでも減らそうというパワーはあるときには社会から喝采を浴びるが、社会のひずみを減らすための方法が、新しい形で減らせることがわかったとき、今までの方法はもうほとんど使い物にならないのである。
商いの世界なら、競争原理はあたりまえで、当然のことと思われるが、社会に奉仕していると思ってやっていることだとしたら、その人の善意や思い入れは、あっさりと不必要扱いされてしまうし、新たな活動の邪魔にさえなりかねないのである。
「人に尽くす心がいつまでも美しいことではない。」
市民活動は人の不幸ごとを扱う職種であると思います。だからこそ、最終目的である、解散に向かって進む心づもりはいつも忘れないように心がけたい。
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