クリスマスシーズン到来
そろそろ、街では、ジングルベルの鳴り響く季節である。今、愛と金の無い生活を送っている私にとっては、まったく関係ないのである。だいたい、日本のほとんどの人々は、仏教徒のはずなのである。何でジングルベルなんだと世の中に問題を感じつつ、街を歩くのである。決してクリスチャンの方々を批判しているのではない。クリスチャンでもない人々が浮かれていることに、意味の違いを感じているのである。
だいたい、仏教徒ならば御釈迦様の誕生日をクリスマス並に祝えばいいのである。百貨店には蓮の柄の、デザインをした光飾装置をつるせばいいのである。商店街のアーケードには蓮の花と、御釈迦様のイメージ図をつるしまくればいいのだし、なんなら、クリスマスツリーの代わりに大仏さまを大きくすえればいいのである。世界一大きいクリスマスツリーの変わりに世界一高い大仏様みたいな感じでね。
「高山君、今年のクリスマスはどうするの?」とかいう話を、もうここ数年、聞かされて正直うんざりしている。どうするもこうするも、家で一人安静にしているだけである。以前、調子に乗って、一人でクリスマスの街を歩いてみたら、街の空気があまりにも違いすぎで、慌てて家に帰ってきたことさえあったなぁ。
それに、神戸ではルミナリエとか言う行事もあるんですよ。確かに、光の彫刻といわれるだけあって美しいのだが、年々、来場者が増え、三宮近辺はそれでさえ人が多いのに、ルミナリエの影響で街を歩けなくなるぐらい人が増えるのである。一年目のルミナリエは本当に人も少なく見やすかったし街もまだまだ、歩ける状態だったけど、いまや、ルミナリエがあるといえば三宮の町を避けて通る状態である。だいたい、毎年、ルミナリエするのにお金がないと、さまざまな寄付を募っておいておきながら、ルミナリエのプロデューサーは何で金持ちなの?奥さん近藤サトやし。
そして、クリスマスといえばだいたい入院していることも多々ある。今思い出しただけでも、6回はクリスマスを病院で過ごしたんではないか。今年などは病院で年明けを迎えたものである。入院しているほうが、クリスマスをある意味、病人どうしていたわりあいながら過ごしていたなぁ。それに、世間体には「入院してました。病院食で楽しいクリスマスでした」なんていえるしねぇ。
あと、クリスマス会とかどこでやっているんだ??私は18のとき小児病棟に入院させられたときのクリスマス会以来見たことないなぁ。テレビとかに出てくる、クリスマス会どこでやっているか教えてくださいって感じですよ。
さて、今年のクリスマスはどう過ごすか。これは、決めているのである。家で一人ジグソーパズルをやるのである。どんな絵柄を作ろうか考えているのだが、今年は趣向を凝らしてナイヤガラの滝でもしようかなぁ。
ああ、いつになれば楽しいクリスマスとやらが訪れることやら。とりあえず、仏教徒ならお花祭りを推薦します。
トラックバック(0)
このブログ記事を参照しているブログ一覧: クリスマスシーズン到来
このブログ記事に対するトラックバックURL: http://www.atopy.org/mtsys/mt-tb.cgi/81

寂しそうですな。いくらいきがっても寂しそうですな。
もし時間があれば遊んであげたい気分です。
あーっ、ごめんなさい!毎年家族でクリスマスする事忘れていました。仏教徒ですけど オホホーッ
粋がってなんかいません!!
あいうえおとこ(愛飢え男)なだけです。
お金にも餓えていますけどもね!!
同情するなら誰か紹介するか、義援金をください!!
これがホントの歳末助け合い運動ですよ。
イベント好きのアメリカナイズされた行事やからなあ。
仏教徒はそんなイベントをすすんでしないんやろねえ。
なんでも「あやかりたい的日本人」の行動パターンだと思う。
イベント好きのアメリカナイズですか。私はだんじり祭りとか、灘の喧嘩祭りとか、にぎやかなやつも好きなんですけどクリスマスだけはなんとなく受け入れられません。正月のにぎやかさには品があるけど、日本のクリスマスは無いような気がする。どう見ても、クリスマスを誤って理解している気がしてならないのである。キリスト教系の病院で行われていたクリスマス会は品があったけどなぁ。
何かと理由をつけて購買行動に結び付けさせて、お金が動かねばならないんでしょうかね。
私はこの時期の赤と緑の飾りや夜の街中のイルミネーションには秩序だった上品な美しさを感じます。
しかしもっと滑稽なのは、25日を過ぎたあとの正月飾りにパパッと切り替わる変わり身の早さです。
自分のなかでは気分的にあと3日くらいクリスマス飾りのままにしといてくれよという感じでついていけません。特にあの筝曲六段・春の海を聴いてしまったときは「力抜けろ〜」と催眠術をかけられてるような気がします。もう年なのかも(ハゲも始まってきてるし、散髪に行くのが怖い。。)
松岡さん、結構ロマンチックな部分を楽しめるとは想像しておりませんでした。てっきり、サンタクロースはコカコーラの回し者だと、投石デモするかのイメージでした。
クリスマスをスイートルームで過ごすというナウなヤングの発想がいまいち理解に苦しむのです。駅前にある、男女の営みを奨めるブティックホテルなるところは毎年、夕方には満室であるし、何を考えて居るのだと、そういう行事なのかと思うのであります。
その段、お正月は家族そろって過ごすとか、実家に帰るイメージがあり、品格の差を感じるのであります。
以前シスターに言われました。ファッションで十字架をアクセサリーとして使うのと、私のくびからかけている十字架は形は同じでも中身は違うのだそうです。
日本のクリスマスの意味を改めて世に問いたい。でも愛はほしいから僻んでいて、豪そうな言い訳も、嘘をついていることがばれている。嘘をついているときの頭の回転の速さ(読売新聞 - 11月30日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20041130-00000005-yom-int)もこの文章内で炸裂さしつつ、書いてみました。、