敗北の医療?
昨日、母方の祖父でお世話になったホスピス病院からお手紙が届いた。内容を見てみると、病院が発行しているホスピス新聞であった。そのホスピス新聞には病院側から発行についての案内が書かれていた。
上記の手紙にもあるように、私の場合病院と係わり合いをなくしてからもう5年ほどたつのである。しかし今でもこのように、病院から便りが来ることには遺族まで含めた全人的医療を率先して行っていることにとても感概深いものがある。
そして、この病院は遺族を対象にした交流会も行っていて、私も数年前に参加したことがある。大事な人を失った悲しみに対するケアをも行おうとするホスピス医療。
ホスピス医療にかかったのは、私の母方の祖父である。ホスピス医療に関わる上で一番大事なことである家族の協力である。私の場合、病気持ちだったので、祖父の面倒を見れず、私の兄にほとんど任せていたのであまりホスピスについて語れる立場ではないのであるが、少し書かせてもらいます。
ホスピス医療を敗北の医療という人々がいる。しかし、ホスピスにかかることでがんを克服する人もいるし、化学療法の選択肢も行いながらホスピスも通う人もいるそうである。私は二人、がんで親族を亡くしている。それは実母と、実母の祖父である。私の母は抗がん剤治療で3年生きられる命を1年で終えてしまった人であった。亡くなる数ヶ月前母に最後ホスピス医療を勧めたのだが、「死にに行きたくない」といい、亡くなって行った。その中で母が入院していた病院の看護婦などが「死にに行くような治療を」といっていたそうである。このことが私の中ではとても理解できなかった。それは、母の寿命を縮める医療を行っておいて、人生に遺族も故人も未練を残してなくなったからである。これは今でも私の心の傷でもある。もう少し時間があれば出来たことはいくらでもあったのにと言う想い、その中で、母より長生きした祖父をホスピス治療に送り込んだのである。
ホスピス医療は患者と家族の絆を大事にする治療で、今でもホスピス医療には私は感謝している。一番心にしみたのは病院から故人を見送るときであった。化学療法推進病院は寝台車が着て遺体を運び込んで終わりであったが、ホスピス病院は病棟の看護婦さん全員が、寝台車のとまっている駐車場まで来て、看護婦さんが一礼したまま送り出してもらったのである。
このホスピス医療がなぜ敗北の医療なのか私にはまったく理解できないのである。病気と言う敵のために、自分の命を削る治療のほうが人間と言う本質を無視した、恐怖逃れのための敗北の医療であると思うのは私だけであろうか。
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