大衆用保湿剤情報の筆者の感想
筆者がアトピーであったらどの保湿剤を選ぶか?
まずはこう自問自答してみた。筆者が選ぶポイントは、
1)価格が安いこと、2)成分表示が完全になされていること、である。その中で自身の病期や部位に応じて複数の保湿剤を使い分けるだろう。じゅくじゅく体液の出るときとかさかさ乾燥するときとは手入れの仕方が異なるだろうし、多くの患者達のように、人前に出さざるを得ない顔は多少値が張ってもワセリンのようにテカつかないクリームを選ぶかもしれない。
成分表示の中で何を見るかというと、なるべく成分数の少ない単純なものを選ぶ。感作される(かぶれを起こす)可能性が減るからである。指定表示成分は無いに越したことは無いが、後述するように指定表示成分でないからといって安心はできない。過去にアレルゲンとして報告された事例がどの位あるかを文献で調べなければならない。
抗炎症作用とか薬効を期待する語句には目を奪われがちだが、決して保湿剤に薬効を期待してはならないと強く自分に言い聞かせるだろう。ステロイドに薬効のみを期待した結果がどうであったか?人は皮膚がおかしくなると何か塗って治そうとする習性がある。保湿剤といえど基本的に肌には異物である。必要以上の皮膚の負担を増やしてはならない。
価格については、白色ワセリン(白色軟膏)のメーカー希望納入価が500gで1260円から1595円であり、1g当たりでは2.5-3.2円となる。実際の小売希望価格は3.2-4.0円/g位であろう。これを基本として常に頭に置いて比較して考える癖をつけると良い。
情報開示に対する企業姿勢について
法的には、成分表示に関しては厚生省告示第167号法第59条第六号および第61条第四号に基けば良い。それ以上開示するかは任意である。いくつかの回答に見られるように企業秘密とするのは自由だが、企業秘密を前面に打ち出すことは企業にとって得策だろうか? 最近の消費者は薬害や企業犯罪に敏感である。余程の人気商品であれば別だが、全成分を開示することによってコピー商品が続出するような状況になければ、開示した方が良心的で好印象を与えるだろう。「このような原材料でこれだけの価格を設定するのはおかしい」と言われかねないから開示しないのではないかと考える人もいると思う。
少なくとも医師は全成分を開示しない商品を患者に対して決して推奨してはならない。以前ある医師が高知県T病院の軟膏を「ステロイドを含まない」との口頭での説明を信じて患者に外用させ、患者がステロイド皮膚症に陥り訴えられ和解に至ったケースがある。中国みやげの「とても良く効く漢方薬の軟膏」に砒素が混ざっていたといった例もある。ここまで悪質な事例は少ないだろうが、とにかくたとえ保湿剤といえども、成分内容を十分把握していないのに、単に効果が良さそうだからという理由だけで患者に推奨する者に皮膚科医の資格はないというのが私の意見である。
主要な成分・重要な成分については%表示までなされるべきである。最近のトピックスとして、アトピー患者では角層間脂質のセラミドという成分が不足しておりバリア機能が低下していることが指摘されているが、既にいくつかの製品でセラミドが使用されていた。ただし%までの表示はなされていない。側聞では大学病院での臨床試験では5%のものが用いられたとのことである。おそらくかなり高価な原材料に属すると考えられ、実際の含有量が5%に達するものは無いであろう。%が表示されていないということは実際の含有量はかなり少ないのではないだろうか。
「表示指定成分」について
資料として昭和55年9月26日厚生省告示第167号の抜粋をまず示す。
「・・・法第59条第6号及び第61号第4号に基き、成分の名称を記載しなければならない医薬部外品及び化粧品の成分として別紙(別紙に化粧品の表示成分として98項目の物質が示されている)に掲げる成分が指定されたこと。
人体に直接作用される医薬部外品及び化粧品については、消費者が医師からの情報をもとにアレルギー等の皮膚障害を起こす恐れのある製品の使用を自ら避けることができることを目的として、表示対象成分を選定したこと。
また、人体に直接使用されない殺虫剤、殺鼠剤等の医薬部外品については、誤用又は誤飲等による事故時に迅速な応急処置がとれるようにすることを目的として、表示対象有効成分を選定したこと。
・・・医薬部外品又は化粧品の製造(輸入販売)業者は、医師から患者の治療のために医薬部外品(人体に直接使用されるもの)または化粧品の配合成分に関する照会があった場合には、積極的に情報を提供するよう指導されたいこと。」
「アレルギー等の皮膚障害」と記されているのは接触皮膚炎(かぶれ)と考えられる。アトピー性皮膚炎もアレルギーだが、ここでは関係ない。
例えばパラベンという防腐剤は大多数の人には特に問題もなく安全だが、一部の人(必ずしもアトピー体質の人に多いわけではない)では接触皮膚炎を起こす。この場合最も適切な対処法はパラベンを含むものを皮膚につけない事である。パラベンにアレルギーがあるか否かはパッチテストによって確認できる。
しかしパラベンにアレルギーがあることがパッチテストで確認されても、ある化粧品にパラベンが含まれているか否かは、表示されていなければ患者には選択のしようがない。本告示は昭和55年の時点で比較的接触皮膚炎を起こしやすいと考えられた化粧品成分をピックアップし、製造業者に表示を義務付けたものである。
パラベンにアレルギーのない人はこの表示をそれほど気にする必要はない。ちょうどソバアレルギーの人がソバを食べると時に命をも奪われることがあるが、ソバアレルギーのない人にとっては滋味であるようなものである。ただしパラベンを含む化粧品を使用し続けることによって、パラベンにかぶれるようになる(感作という)可能性は増える。
余談だが、皮膚科医の学問的関心はこのような接触皮膚炎を起こす原因物質の発見には強く向いている。新しい原因物質(アレルゲンという)を発見することは、ちょうど天文学者が新水星を発見するようなもので、接触皮膚炎を専門とする皮膚科医にとっては勲章である。
このような状況であるから、昭和55年の時点で表示義務を定められた物質以外にも、その後接触皮膚炎の原因となりうる物質は発見されている。一方化学物質の成分表示は消費者の購買意欲にマイナスに働くため、製造業者は当然表示義務成分の使用をさけ別の新物質を使う。従って表示指定成分が用いられていないからといって接触皮膚炎の観点から安全であるとは決して言えない。
そこで、「医師から患者の治療のために配合成分に関する照会があった場合には、積極的に情報を提供」するよう指導がなされることとなる。問い合わせに対し、パッチテストにも対応する用意がある(必要とあれば原料物質を提供する)と答えた企業は、皮膚科医の目には好感が持てる。
保湿剤の「臨床試験」について
今回の問い合わせに対して、いくつかの企業からは医学雑誌に掲載された論文の別冊が送られてきた。積極的な情報提供や医療機関との連携を求める姿勢は評価に値する。それらの資料を通して保湿剤の「臨床試験」について考えてみたい。
「コンテス・モイストゾルの皮膚安全性の検討とその使用経験」
Aesthetic Dermatology Vol.5 : 43-48,1995
「コンテスマイルドボデイローションの皮膚安全性の検討とその使用経験」
Aesthetic Dermatology Vol.5 : 107-111,1995
安全性と有用性に分けて検討されている。安全性については、商品現物のパッチテストを行い皮膚刺激指数(須貝の方法)を算出し評価している。有用性については、現物使用前後(二週間以上)の皮膚症状の程度(掻痒・つっぱり感・乾燥・紅斑・ざ瘡)を5段階評価(無・軽度・中等度・高度・高度から増悪)、皮疹への影響、使用感(良い・普通・悪い)、継続使用意志の有無からの総合評価している。
「アトピコスキンケアオイルのアトピー皮膚および皮脂欠乏症に対する使用経験-白色ワセリンとの左右比較対照試験成績」
西日皮膚52:131-135、1990
有用性・安全性につき検討された。方法:白色ワセリンと商品現物との左右対照使用比較(2週間毎に8週間まで)。皮膚所見(掻痒・潮紅・鱗屑・毛孔性角化・乾燥)、全般改善度、副作用を総合して左右それぞれで有用性を4段階評価(きわめて有用・有用・やや有用・無用)、その上で優劣を比較。患者の使用感(使用感・感触・衣類に付着して気になるか・今後使用を続けたいか)については別に比較。
「精製ツバキ油による湿疹・皮膚炎の治療成績」
西日皮膚50:119-125、1988
有用性・安全性の双方につき現物使用により検討された(1週間毎に4週間)。方法:皮膚所見(掻痒・潮紅・落屑・毛孔性角化・乾燥)の推移から全般改善度を判断。副作用(皮疹の増悪・刺激感・発赤・乾燥化・その他)の有無から安全性を評価。全般改善度と副作用の有無から有用性を評価。患者の使用感(使用感・感触・衣類に付着して気になるか・今後使用を続けたいか)については別に比較。
「皮膚乾燥性皮膚症状に対するツバキ油製剤(オイルローション)の使用効果」西日皮膚52:1217-1221、1990
有用性の検討 方法:現物を使用し(2週間毎に12週まで)皮膚乾燥部の掻痒・潮紅・落屑・毛孔性角化・乾燥の程度を中等度・軽度・軽微度・正常に分け、全般改善度をかなり軽快・軽快・不変・悪化として評価。副作用(乾燥状態の増悪・皮膚炎の出現)を重度・中等度・軽度に分けて記録し、有用性をきわめて有用・有用・やや有用・無として4段階評価。患者の使用感(使用感・感触・衣類に付着して気になるか・今後使用を続けたいか)については別に比較。
「脂肪酸、精製ツバキ油およびオリーブ油の黄色ブドウ球菌に対する増殖抑制作用について」日本化学療法学会雑誌44:786-791 1996
黄色ブドウ球菌株の培養系にリノール酸・オレイン酸・局方ツバキ油・精製ツバキ油・オリーブ油・精製ホホバオイル・スクワラン・流動パラフィンを加え(各80μg/mlからの二段階希釈系列)増殖抑制作用を検討した。結果:リノール酸・オレイン酸・局方ツバキ油には強い増殖抑制作用があった。精製ツバキ油・オリーブ油では比較的弱い増殖抑制作用があった。精製ホホバオイル・スクワラン・流動パラフィンでは増殖抑制作用を認めなかった。
「精製ツバキ油塗布による皮表脂質組成ならびに皮表過酸化脂質量の変化について」西日皮膚58:109-112、1996
1)健常者の額皮膚に精製ツバキ油を外用した6時間後の皮脂を分析したところ、精製ツバキ油外用部では総脂質は多かったが過酸化脂質量は少なかった。組成ではトリグリセリド・リン脂質が多く、スクワレンが少なかった。
2)精製ツバキ油を変質させ過酸化脂質含有量を高めたものでパッチテストを行い安全性を検討した。
「いわゆるベビー用スキンケア用品(エンゼルデユウ)の使用経験-アトピー性皮膚炎患児に対する治療補助効果の検討」日小皮会誌12:59-64 1993
現物を使用(4週間)し、治療補助効果・安全性・有用性につき検討された。掻痒・潮紅・丘疹・小水疱・乾燥・鱗屑・掻破痕について高度・中等度・軽度・軽微・なしの5段階に分けて記録。治療補助効果として顕著にあり・かなりあり・ややあり・どちらともいえない・なしの5段階、患者の印象を良かった・どちらとも言えない・悪かったの3段階に分ける。有用性を極めて有用・有用・やや有用・どちらともいえない・有用でないの5段階で評価した。
「小児アトピー性皮膚炎患者におけるベビー用スキンケア製品の使用経験」日小皮会誌13:149-153 1994
現物を使用(4週間)し、治療補助効果・安全性・有用性につき検討された。潮紅・丘疹・小水疱・乾燥・鱗屑・掻破痕について高度・中等度・軽度・軽微・なしの5段階に分けて記録。治療補助効果として顕著にあり・かなりあり・ややあり・どちらともいえない・なしの5段階に分ける。1名のみ角層検査法(セロハンテープで角層を剥がし走査電顕にて形態を観察)を実施した。有用性を極めて有用・有用・やや有用・どちらともいえない・有用でないの5段階で評価した。
「化粧品」の効能の範囲については昭和55年の厚生省薬務局長通知によって改正され、化粧用油類については、
1)肌荒れを防ぐ
2)皮膚にうるおいを与える、柔軟性を保つ。
3)皮膚をすこやかに保つ。
4)皮膚を保護する、乾燥を防ぐ。
5)日焼けを防ぐ。
6)日焼けによるシミ・ソバカスを防ぐ。
に制限されている。
その上で、「・・・個々の医薬部外品または化粧品について、立証する資料が提出された場合には、その資料を検討の上、品目毎に当該承認に関わる効能の可否を決定する・・・」とある。従って、アトピーのスキンケアに良いことを効能に記すためには、しかるべき資料を整え審査を受けるべきである。そのような手順を踏まずに安易に「アトピーに良い」ような印象を与える宣伝は違法である。
もっとも厚生省の審査能力については、昨今明るみに出ているようにお粗末なものであるらしいので、効能が仮に記された製品があったとしても疑ってかからなければならない。
上述の論文は、基礎研究と臨床とに分けられる。臨床論文はさらにその目的から安全性評価と有用性評価とに分けられる。
安全性評価については、パッチテストによる皮膚刺激または感作成分の有無か、実地使用による異常の有無により評価されている。もちろん全くなされないよりは良いと思うが、最長観察期間は12週である。これを逆に言うと、12週以上使い続けた際の安全性は未知だということである。
本稿を読まれる方の多くはステロイド皮膚症に苦しみ離脱に伴うリバウンドを経験しているだろう。ステロイド外用剤の長期連用によってあのような奇妙な状態が起こることは製薬会社も皮膚科医も知らなかった(今でも認識のない医師は多い)。それはひとえに数年も数十年もステロイド外用剤を連用した時に何が起きてくるかというデータがなかったことによる。
ワセリンやイソジンの長期連用を心配する意見が時々話題になるが、心配する感覚の方が正しいと思う。あらゆる外用剤は基本的に皮膚に異物である。使わずにすめばそれに越したことはない。使用は最小限に止め、肌の状態が良くなればそれに応じて速やかに止めた方が賢い。
この意見は保湿剤製造企業の利害とは対立するだろう。企業としてはステロイドに替わる安全な保湿剤を提唱し、普段からの乾燥肌の手入れによって皮膚炎の悪化防止を呼びかける。これもまた一理ある。要は使ったり止めたりのバランス感覚が患者に求められるということである。
臨床論文の有用性評価については、どの論文からも執筆担当者の苦心が伝わってくるように感じた。
筆者も医師であり、この種の論文が書かれる内部的事情は、業界人としてある程度把握している。根底には大学など研究機関における研究費捻出の苦労があることが多い。
筆者も駆け出しの頃に保湿剤ではないがある抗アレルギー薬の治験論文を命じられそうになったことがある。幸い(?)頓挫して世には出なかったが。その時の経験を記すと、ある日上司に呼び出され、製薬企業から依頼があったからと企画の説明を受け、会合に出るよう言われた。そこで治験方法の説明を受け(プロトコール等は企業の側で既に用意されていることも多い)最終的な論文執筆の任に当たるよう上司に命じられた。
その時筆者が考えたことは、1)上司の命令であれば逆らうわけにはいかない(当時はそう考えていた) 2)自分の名前が筆頭に上がる以上は治験論文といえども統計処理などはしっかりして出来るだけ科学的に論を進めたい 3)最終的には薬剤の有効性を結論付けざるを得ない、の3点であった。
会合の後は当然の事として酒宴が設けられ、企業側の学術担当者がにこにこして酌をしてくれた。話を聞いている内に、だんだんその抗アレルギー剤がとても優れたものでアトピー患者全てに処方されるべきのような気がしてきた。
皮膚病変の評価は皮膚科医の視診による。それを客観的に定量化することは結構難しい。紅斑が高度か中等度か軽度か、全般改善度が極めて良いか良いかやや良いか、すべてに主観が入り込みうる。有用性の評価には如何にして評価者の主観を排除するかの工夫が不可欠である。
これにはいくつかの方法が考えられる。上述の文献の一つにあるように左右に分けて対照試験を行うのはオーソドックスな方法である。35例中6例において使用側が対照よりも有用性が高かったとあるが、良くデータ表を読むとその中には殆ど優劣に差がないものや、左右とも有用性がなかったものも含まれている。しかし結論としては「本製品は白色ワセリンよりも有用性において有意に優れていた」と断言されている。
この論文は今回読んだ中では左右対照試験がなされた唯一例であり、評価すべきだと思う。しかし私にはどうしても結論部をこの論文だけからは信じることができない。この感覚は前述のような経験をした業界人(医師のことである)特有のものであろう。
保湿性能については皮膚表面の角層の水分含有量を測定する高周波伝導度測定装置があり、これを活用したデータがもっと送られてくるかと思ったが意外となかった。今後は増えるのかも知れない。
皮膚科医の主観を取り除く最も有効な方法は、1)試験者と評価者の分離と、2)企業と評価者の分離、である。
例えば、担当医師は左右対照試験を行った患者の皮膚を前後で写真に撮る。これを左右どちらに試験物が外用されたかも知らない別の医師に見せて評価を依頼する。これが試験者と評価者の分離である。但し写真というのは意外と微妙な部分が写らず、保湿剤のデリケートな効果を拾えるかという心配はあるが。
企業と評価者の分離は組織的になされる必要がある。この種の臨床試験を請け負うセンターのようなものを作り各企業はそこに有償で臨床試験を依頼する。センターは登録された複数の協力医に試験を振り分けるようにすれば企業と試験担当医との接触は断たれる。協力医はセンターから報酬を受け取れば研究費の捻出も可能である。
筆者は化粧品としての保湿剤のアトピー患者での有用性を否定する立場には決してない。より客観的で信頼に足る臨床情報は、システムによって生み出される。化粧品業界と皮膚科医たちが本気でこのような中立的な評価システムの構築に向けて努力するならばメリットは大きいと思う。
最後に、私が企業にこのような問い合わせをし、ワープロを打ちこむという労力を費やしているのはなぜか?実は自分でもよく解らない。「乗りかかった船」という表現が一番近い。私は公立病院の勤務医である。外来に溢れるアトピー患者達がさっさと治って病院に来なくなり、仕事が減り、ランチタイムにゆっくりと昼食が食べられるようになる日が来るのを夢見ている。
ペンネーム:ドクターインターネットカフェ
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