アトピーと心のページ
アトピー性皮膚炎には心の支えになる医者が必要と当家は考えます。ですが心の支えになりそうな医者が余りにも少ない以上、高山家は少しでも皆様の心の支えになれるようアトピー性皮膚炎と心のページを続けていきたいと考えます。
癒しページの目次
アトピー性皮膚炎の患者さんの多くは家庭内に問題
アトピー性皮膚炎の患者さんの多くは家庭に何らかの不安を抱えた人たちの起こっているように思います。このことは成人小児アトピー性皮膚炎に係わらず共通して言えることだと思っています。
「依頼心」とアトピー性皮膚炎
今回アトピー性皮膚炎と心のページで取り上げますのは「依頼心」です。依頼心とは何のことでんねや、という方も多いと思いますのでケースで検証したいと考えます。
これから登場するケースの共通の状況や背景
ケース1 リバウンド中の大学2年生
家族と一緒に暮らす大学生。大学は自宅通いなので割合、家から大学に近い。
そのため大学は休学中にしてある。リバウンド中で動くこともできないし、といって外にでることなんて考えられない。だがリバウンドの波がきつすぎてここ2~3日食欲もわかず、何も食べていなかった。
今日プリンぐらいなら食べてみたくなった。そこで母に「買い物行くんやったらプリン買って来てやぁ」と頼んだ。母が帰ってきたので「プリンは買ってきた?」と訪ねると「あ・ごめん忘れてたわ」といわれ、「母はこんなに我慢してリバウンドを耐えている俺に気持ちが全くわからんのか!! 大体、母がステロイドのことさえ分かっていれば俺はこんな目にあわんで済んだんじゃ」と思ってしまい、さらに3日間何も食べなかった。
ケース2 リバウンド中の大学1年生
大学が自宅から遠すぎたため一人暮らしをしている。ケース1と同じでリバウンド中で動くこともできないし、といって外にでることなんて考えられない。
だがリバウンドの波がきつすぎてここ2~3日食欲もわかず、何も食べていなかった。今日はプリンぐらいなら食べてみたくなった。だがプリンを買ってきてもらおうにも頼む人がいない。
仕方がないので腹の足しになるものなら何でもよいと思い、家にあるものでありがたく、すましておいた。
上記の2パターンの例を見るとお分かりになると思いますが、苦しいときに何か頼める人がいないときはいろんなこともあきらめてしまえるのに、頼める人がいるとその人の有り難さを忘れ、なにかにつけ、むかむかしてしまいストレスが溜まってしまう。このことを高山家では「依頼心」と呼んでいます。決して高山家も依頼心については分かっていません。
アトピー性皮膚炎の人が街にでたがらないのは何故?
アトピー性皮膚炎の人は町にでれないと言ってはよく家に引きこもってしまいます。
それはよく電車に乗っていると人が、じろじろアトピー性皮膚炎の私を見るから、という答えが返ってきます。確かに私も電車内では浮いてしまっているのかな、と思いながら乗っているときもあります。
ですが最近、ふと気づいたことがありました。それは電車に乗るときや町を歩いているときに、私はアトピー性皮膚炎の人を捜して歩いているという事でした。
以前(ステロイド使用期)は赤い顔(アトピー性皮膚炎)をした人など見向きもしなかったのに、何故か電車に乗ったら、必ず赤い顔した人を見回す癖ができてしまっていたようでした。そして電車内を見回した中には、私の顔をじっと見ている人もいます。そのときは、私はその人をにらみつけたりしたことが、あったりしたこともありました。
先日こちらをじっと見ていた中年のおばさんがいまして、私はすぐにうつむき加減で、見てみない振りをしていました。「じろじろ見やがって」とそのときは思っていました。すると、そのおばさんが私にしゃべりかけてきました。「実は私の息子もアトピーやねん。大変やけどがんばりや」と。そのとき、ふと思ったのは、アトピー性皮膚炎の大変さを知っている人が興味を持っているので、こちらを見ているのだな思ったのです。よくアトピー性皮膚炎を知らない友人にあうと「赤い顔して、日焼けでもしたんか」とか「今日は上機嫌でっか」と酔っぱらいに間違われたりしたことがありました。アトピー性皮膚炎を知らない人はそれぐらいにしか思っていないのかと思ってしまいました。
また、いぜん入院患者で骨折をした人がいました。その人が「わしが足にしているギブス目立つやろ」といわれて「いや私のアトピー性皮膚炎の方が街では目立てます」といいました。すると骨折した人が「何言うてんねん。街でよく、ギブスした奴、歩いとるやろがい」といわれ「そんなに見たことないけど」といったら「アトピーの奴の方が街では見かけんで」といわれてしまい、そんなものかと思ったことがありました。人間は興味の対象がなにか、によって人に対する見方や病気の見え方が、こんなに変わるのかと思いました。アトピーの大変さを知らない人の方が、街では多そうなので人の目を気にせず堂々と歩いてみいてもいいと思っている今日この頃です。
ストレスは無くならない
アトピー性皮膚炎の原因はストレスと、高山家では見解を出していますが、ストレスはなくすことはできないと考えています。それよりも、自分で作り出してしまっているストレスの方が多いのではないか、と考えているからです。ストレスは、自分の意見が通らないときに起こるものだと思いますし、自分と全く違った意見をもった人の考え方が理解できないとき、又は許されないときに、怒りと言った形ででてしまうと思います。ですが、人の育った環境や親の考え方の影響などで、人間の考え方が全て統一されることは、まず無いと思いますし、いろんな考え方があっていいとも思っています。
ストレスが一番たまりやすい人は、人の意見をねじ曲げて変えて、自分の考え方と同じように、他人をかえてやろうとする人たち、だと思っています。確かに、他人を自分の考え方に変えていけれれば、それほど楽なことはないでしょう。まわりには、自分と同じ人ばかりがいることになるわけですから。ですが、人の意見をつぶして、自分の考えを植え付けていくという方法は、宗教でよく使われる「洗脳」に当たります。これほど恐ろしいことはないと私は思っています。
いろんな人間の考え方が統一されるわけですから、異論も反対の意見も独創性もなくなるという事です。これでは人間としての、考え方の進歩がないのではないか、と思ってしまいます。人を否定するのではなく、自分と全く違った考え方をする人は、何故そのような考え方をするのか、と言った相手の立場を考える事も大切ではないかと思います。そうすれば、納得できることもあるかもしれませんし、幅広い考え方ができるようになるかもしれません。人を変えようとする前に、自分を変える事の必要性を考えてみるべきだとおもいます。また、過去や他人は変えることはできませんが、未来や自分は変えることができると考えることがストレスには一番大切では無かろうかと思っています。
人と比較すること
よく人間は人と比較をして、優越に浸って楽しんだりしていますが、このことは、大変恐ろしいことでもあると思います。アトピー性皮膚炎の患者さんにお会いすると、かならず「今日は肌状態の調子がよさそうね」とか「最近肌の調子が悪そうね」などと言う言葉をかけられます。私はこの言葉は、大変不愉快でたまりません。私の意見を聞く前に、勝手に私の肌状態を評価されたのでは、私の価値基準をつぶされたも同然ですし、自分の思っている意見も、言えなくなってしまいます。アトピー性皮膚炎の症状は、毎日変わります。
たとえば、一ヶ月位ずっと寝込んでいるほど、アトピー性皮膚炎の調子が悪いとします。一ヶ月ぶりぐらいに、外にでたくなり、多少は症状もましになってきたと本人は思ったので、二ヶ月ぶりにアトピー性皮膚炎の、友人に会いに行ったとします。やはり、一ヶ月ぐらい寝込むような、調子の悪さですからアトピー性皮膚炎の大変さを分かる人は、大体ご想像できると思います。でも、このつらさは、アトピー性皮膚炎の友人には分かってもらえると思い、決死の思いで外出しています。そしてその友人に「えらい調子悪そうやん」等と言われたら、腹も経ちますし、「一時期よりも、ましなんやで」と言いたくなります。
いまの日本の教育方針もそうですが、結果主義だけは止めてほしいと思います。よく、結果を出せなければ、人間でないような言い方をする方がいます。これは大間違いだと考えています。結果だけみるのは大変簡単なことです。ですが、その人がどのような過程でその結果を出したのかを見ることが、どれだけ大切かを考えるときが来ているのではないかと思います。アトピー性皮膚炎でも、調子が悪いことが「悪」のような言い方を、アトピー性皮膚炎の親御さんは言われます。ですが、その悪(アトピー性皮膚炎)に耐えている息子さんの忍耐力は、どんなに大変なことかを親が理解できなければ、誰が理解してやれるのでしょうか。本人だって、好きで悪に耐えているのではありません。できれば、逃げたいに決まっています。でも逃げられないのなら、親がその悪を認めてあげるべきではないでしょうか。親が、子どものアトピー性皮膚炎をいやがれば、子どもは誰に救いを求めるのでしょうか。それが民間療法であったり、ステロイドであったり、土佐清水ではないのでしょうか。私は、アトピー性皮膚炎は日替わり定食みたいなもの、だと私は思っています。日替わり定食は、自分の好きなメニューがある日もあれば、無い日もあります。おいしいものがある日もあれば、無い日もあります。といって、毎日自分の好きなメニューばかりでは飽きますし、たまには、うまくないものがあるから、おいしいものがとてもおいしく感じれると思います。アトピー性皮膚炎も調子の悪い日があるから、調子の良い日もある。というより普通のこと(アトピー性皮膚炎のない状態=調子の良い状態)がうれしく感じれるようになる。当たり前のことがどれだけ幸せなことかを感じれるきっかけだと、アトピー性皮膚炎を考えれるようになれば、大変良い方向に症状も向かえるのではないかと考えている今日この頃です。
不安は消すことは出来ない
私はリバウンドを決意したとき、何とか楽に、ステロイドを止められないかと、多くのお医者様を転々としたことがあります。多くの医者は「ステロイドを止めずに塗り続けなさい。アトピー性皮膚炎はそうでないと治らないよ」、といってステロイドを使い続かせようと必死に言われた覚えがあります。また、リバウンドのことでも、多くの医者は「リバウンドすれば白内障や網膜剥離になったりムーンフェースで大変なことがあるんだよ」といって脅迫に近いことも言われました。確かにリバウンド後は膿痂疹(とびひ)やカポジ水痘症(みずぼうそう)にかかりやすくなったり、白内障や網膜剥離を併発するかもしれません。この様な形で人の不安をあおったり、批判することはいくらでもできると思います。ですが、ステロイドを止めることをしてみないと分からないことがあると思います。
たとえばプールの飛び込み台があるとします。プールに飛び込んだことのない人は、高い飛び込み台は大変恐ろしく感じるでしょうし、こわくもあるでしょう。足もすくむでしょうが、飛び込むには大きな不安を感じるはずです。高い飛び込み台から飛び降りるのに、不安を取り除いて飛び込むのにはどうすればいいのでしょうか。イメージトレーニングなのでしょうか、それとも不安を取り除くように、高所恐怖症を治すべきなのでしょうか。結局のところ不安を抱えながらも、飛び込み台から飛び込むことしかないのではないか、と思います。飛び込み台の上で、何十年と不安を取り除ける方法考えるより、飛び込んでみる事が一番手っ取り早い方法のような気がします。確かに、飛び込み台などから飛び込めなくても、生きていけると考えてしまえば別ですが、リバウンドのように、ステロイドが効かなくなった人たちには、リバウンドはしなければならないことなのです。また、ステロイドを死ぬまで塗り続けられればいいですが、私のように若干18歳で効かなくなった場合には、リバウンドせざるおえないのです。
それならば、皮膚科医もリバウンドをする上で悪いことばかり羅列するのではなく、どのように患者のケアをするべきかとか、少しでも楽に思えるような処置を考えていくべきではないかと思います。ステロイドのリバウンドに対する恐ろしさはいくらでも言えます。ですがリバウンドの必要性に気づいた人々にはどう説明できるかを考えていく時期に来ているのではないかと思っています。
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