2005年9月アーカイブ

そして、手術当日

手術着を着せられて、担架に乗せかえられて手術室へ。私は担架に乗り換えた後、お決まりの言葉を言った。

「カルテ間違えてないですか?」

看護婦が一瞬ひるんだが、私はすぐに「冗談です」と返しておいた。

手術室の入り口では、私の腕につけられた名前をみて確認。そして本人確認も口頭で行われた。よくドラマで手術室まで運ばれていくシーンで病院の天井の映像が流されているが、まさにその光景であった。私が横を振り向くと看護婦に「よそ見するな」ととがめられる始末。

手術台に乗せられた。
俎上の鯉という言葉があるが私はまさにその鯉であった。

9月18日に私の不注意で膝のお皿(膝蓋骨)を割ったことは以前の記事にかいた。
その後どのような経過があったかを記してみたい。

私は、救急病院での手術を断ってきた。これは、病院の質がよくないと判断したからだ。

そして、一日じっと家で我慢をして平日に近所の大きな病院へと行ってみた。実は、この病院、私がステロイドを10数年間ステロイド剤を投与され続けていた病院だった。

ではなぜこの病院を選んだかというと、親父が「見舞いに行きやすい病院」を基準に病院選びをしてしまったからである。

 しかし私も、この病院にはひとつだけ望みをかけていた部分がある。それは「S大系の医局病院」とおもっていたからだ。S大系の先生方なら、私が今でも面倒見てもらっている、皮膚科主治医のことを大体知っている。そして、他の科でも治療方針が違っても、その主治医のことを否定する先生もあまり見かけたことがなかった。なので、科を超えてもステロイドが投薬できないからだになってアトピーのコントロールが難しい状態になっている事を少しはわかってくれるだろうし、ステロイドを投薬していた、過去の皮膚科医もいないのだから、最悪、新たな皮膚科医に相談すれば整形外科の先生でも状況説明してもらえるだろうと思ったのである。

 本日13:00ごろ自転車で外出しようとして家から10M程度走ったところで「あ、定期入れを忘れた」とおもい、ユーターンをしたときに自転車のバランスを崩し横転。

 転倒したときはあまりの激痛に起き上がれないほどだったが、前から車が来ていたので、痛みをこらえて自転車を立て直し、自宅まで自転車と足を引きづりながら戻っていた。

 はじめは、「明日の仕事は大事なので、遅れてでも行こうと」シップで冷やしたり、氷で冷やしたりした。しかし、痛みはひかない。では、打撲なら少し休めはとおもい、横になるのだが、起き上がろうとしたとき激痛が!!

 さすがに私も、これはおかしいと想い、親父に頼んで救急病院まで連れて行ってもらった。

 親父も気が動転したのか、「救急病院を調べろ」とかいうではないか。私に、調べる余裕はないちゅうねんと思いながら、ふと、目の前に新聞があったので地方版のところにあった病院へ行くよう親父につい伝えた。

 で、一軒目の病院は、レントゲンが動かないとかいわれて断わられる始末。親父が、「よし、家に帰って救急車をよぼう」とか車の中で言うから、それならはじめから家で救急車を呼べばよかったのにとかおもってしまった。で、ネットの使える遠方の兄に電話をしてネットで調べてもらったら、二件目の病院名が出てきたのでその病院へ直行。

 二件目の病院では、長いこと待たされた上、レントゲンまではとってくれたのだが。。。
 写真を見ると膝の骨はぱっくりと割れていた。で、手術をするか、ギブス固定で養生か。など、いろいろ、悩んだ末、ギブス固定で、対応することにした。手術は麻酔や抗生剤などの投与でアトピーが悪化したときのリスクが大きかったからであるが。。。

 それにしても、ギブス固定するときに医師が本を見ながら固定していたのはちょっと不安になりますね。医師の年齢も結構召されていたのだが。。。。

 今後、状況によっては入院の可能性を今検討しているところです。

 それにしても、私って、これだけ怪我や病気に襲われると、さすがに、生きていることが罪深いのだなぁと感じました。確かに、最近人を怒らすことが多いし怒っていることも多かった。

 本当に反省の日々です。

Blogと選挙

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 まず、この記事はかなり政治向きな話なので、周囲からの反発もあること予想しながら記事にしてみたいとおもう。

 今回の第44回衆議院選挙を終えて、Blogは選挙に何か影響を与えたのか考えてみた。

 考えたけど、私の中でなにもなかったような気がする。Blogは議論するためのツールというふれこみだった気がするのだが、政策を論争するにも郵政民営化一本だけの軸だけで、政策論議されなかったからだ。

 本来なら、複数の政策軸についてさまざまな議論があってもいいはずなのだが、そんなもんすっ飛んでしまった感じである。

 たとえば、ついこないだまで議論になっていた、障害者自立支援法についてテレビを見ていても、ネットを見ていても(見ている範囲もあるとおもうが)各党首が語る、政策の中で目にも耳にも留まらなかった。

 そして、小さな政府を目指すという大きな枠組みについて自民党は表明するのであるが、では小さな政府にするには、国民一人一人が、政府を頼らないで税金もはらわないでも、自治をしていく価値観に対する変化をもっているのかといえばそれも疑問である。

 小さな政府というのは聞こえが良いが、これは、国のサービスを大幅に削減していくという内容のものである。(その一環が障害者自立支援法でもあるのだろう。)これは、市民活動などが活発になり、市民参加型の自治が行われるので結構なことなのだが、市民自治を行わせるための税移譲(NPOに対する寄付を無税にする)が行われないと、本当の地方分権にはならない。今の地方分権の概要は県や市町村に税を移譲するという程度のものである。

 小さな政府にしていくための枠組み作りは結構なことだが、国民の意識が変わらない状態では、本当の改革にはならない。

 アトピーの問題にしてもこれからは国にいろいろな方面から働きかけてもお金はくれないだろう。もし、くれたとしても、もらった瞬間から、お金を減額されないように、既得権益を守るためにあらゆる手段を講じていく活動が必要になる。さて、国からお金をもらってアトピーというお墨付きを国から認めてもらえば何かいいことがあるのだろうか?差別偏見が私にとって、一番怖いことであるのだが。。

 これからは、自分たちがしたいことを企業や個人などの賛同者を自ら募って自らが実現のために何かしていくという時代がくるのではないか。対象がだれなのかわからないサービスを提供している行政よりも、当事者が自ら率先してサービスを考え、社会に提案し、提供する世の中に変わっていくことが本当の小さな政府の実現となると、私は考えている。

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