2004年5月アーカイブ

 私は病気を罹患した時から、医師に口酸っぱくして言われていたことがある。それは、「人から頼られないと存在感がもてない自分にならないように気をつけなさい」と。

 病気を抱えることで、引け目を持って生きていかなければならない現実がある。これはどうしても越えられないものだと思う。だからといって、自分の存在が人に頼られることでしか証明できないと考えるのは、少しゆがんだ心の状態なのかもしれない。

 私が市民活動を行っていくうえで、一番気をつけていることは、人助けをすることによる優越感を味わうためにするのではないということ。これはただ単なる、マッチポンプや漁夫の利、に近い部分もあれば、人助けをすることで自分の問題をもみ消す行為にも近いのかもしれない。

 私の場合、アトピーの問題についての市民活動をしようとしているのであるが、私が偉いとか、目立ちたいとか、カリスマになりたくて活動するのではない。あくまで、抱えている自分の問題を次の世代の人には二度と味わってもらいたくないだけなのである。そのために、患者同士の傷のなめあいをするのではなくて、問題を少しでも解決できることを行っていこうというだけなのである。

 人助けをする前に、自分が助からないと意味がないので、今いろいろと、仕事をお願いして回っているのだが、なかなか、もらえそうにない状況だ。(相手のあることなので、ある意味私のわがままでもある)最悪、いったん市民活動をやめるぐらいの気持ちはすでに心構えとして持っている。というより、自分をこれ以上犠牲にはできないのである。

 患者会の方針と事業はほぼ出尽くしているので、あとはやりたい人にやってもらえばそれでいいのではないかとも考えるようになってきた。誰かかわりに、アトピーの問題を真剣に解決するための活動をやってくれんもんかなぁと、思いつつ、まだ会の中でも、方針に対して議論が逡巡しているところを見ると、同じ事を繰り返すことになりそうだなぁ、とも見えてしまうし、困ったものである。(決して私が解決できる方法を持っていると言いたいのではない。出来ては消えていく会の内容を見て、解決法があるようには感じないのである)

 どのような形であれ、アトピーを抱えることで派生する問題の解決に向けて少しでも世の中が動けはそれでいいと考えている。それが誰かによって実現されたのであれば、その会で尽力していきたいと思う。机上の空論や、被害者ずらした訴訟、体制バッシングなどはもうたくさんだ。アトピー患者が最後どのような姿で世の中に生きていくのかを思い描けない限りは、多分活動自体は、元の木網で終わるであろう。

 自分本位を基本として、自分の出来る範囲でボランティアにかかわるということは一番大事なことなんだと考えている。多分、そういう思いがない状態で、かかわることが会を私物化したり、次の世代に活動を受け渡しが出来なかったりするのだろう。なかなか難しいことでもあるが自分への戒めとしても今、ここに書いています。

厠 [独案内 -ヒトリアンナイ-]から見えない壁。越えられない壁。3より
アトピー疾患を患うことで見えてしまう世間の目 中高生編

肌の調子が悪くなると、途端に外に出たくなくなる。

 学生の頃とかは、今ほど気にせず外に出ていた気がする。
 当然 学校はあるし、社会人になったら会社があるから「出たくない」とか ほざいてる場合じゃないだけなんだけど。
 それでも無意識のうちにストレスを感じていて、家に帰ってくるなり体中掻き毟ることも多かったけど。

 自分にアトピーがあることで、中学の頃「いじめ」にあったのが、今でもトラウマなのかもしれない。
 いじめられたコトがイヤなのではなく、『好奇の目にさらされる』のがイヤになった気がする。

 他人の目や目つき、他人の目の向かっている先が妙に気になるようになったのは、多分 この頃からのクセだと思う。
 自分が気にしていること(あたしの場合はアトピーだが)があると、通りを歩く人皆が自分を目の端で伺っている気になってしまう。
 偶然、ホントにたまたま目と目が合おうものなら(客観的に考えたら、人の顔ジロジロ見ながら歩いてるんだから、あたしの方がよっぽど挙動不振に見えるだろうし、注目度もアップしちゃうよな と思うが)、相手があたしを見たことで何を考えているかを考えてしまう。
 そういう時って、どうしてもマイナスにしか思考が働かなくて、必ずといっていいほど、中学の頃に言われた『!!!!!!!!!!・・・ぅわ、すごっ・・・・!ナニ、あれ・・・』という言葉を思い出してしまう。

 当時この言葉を、初めて、自分に向けられたものだと認識しながら聞いた あたしは、その瞬間は聞こえないフリをして(病気だから仕方ないんだ、気にするな と自分に言い聞かせ)その場をやり過ごしたのだが、気にしていることに関する言葉というものは、いつまでも耳に残り、いつまでもその時に感じた思いを払拭することが出来ずに、「自己の存在を否定する自分」というのを自分の中に見つけてしまった。

 道端で、他人と目が合った時に、この情景がフラッシュバックのようにまざまざと脳裏に浮かび、その場から自分を消してしまいたくなるのがイヤで、出たくないのだと思う。

 当方の癒しのアトピーページに、「アトピーであるあなたのことを世間のことは知らない」という文章を書いているが、私の場合、幼稚園のときアトピーをからかわれたことがある。そして、小学校、中学校ともアトピーのことではないが、キツイいじめも経験しているので、いじめにあう気持ちのつらさは身にしみて感じる。いじめは簡単に言えば無条件差別をしているだけなので、口実は何でもいいはずなのである。現にいじめ問題で、原因が何かということを突き詰めても、結局のところ、根拠のないことが全部といっても言い過ぎではない。単純に、いじめる側の「優越感を感じないと生きていけない心の闇」が一番の問題といっていいだろう。だから、アトピーであるから差別されたとは思わないでほしい。いじめの問題はどこまで突き詰めてもいじめるやつが一方的に悪いに決まっているのだから。アトピーであることは個性であるという受け入れが心の闇を開く第一歩にならないかなぁと思うのですがいかがでしょう?

アトピーを患うことでの恋愛関係編

「薬きらして調子悪いから外に出たくないから」とだけ言い、ここ数日 彼氏を放ったらかしにしている。
 電話が鳴っても出ず、折り返してかけることもせずに放置してたら、さすがの彼氏も落ち着かないのか、ウェブチャットをあげた途端に『電話何度もしてるんだけど・・・』とご機嫌伺いをされてしまった。

 きっと、あたしが思うほど彼氏は あたしのアトピーを気にしていないとは思う。
『掻くと酷くなるよ?』とは言っても、それ以上は口にはしない。
(それに関しては かなり昔に彼氏に「言われなくても分かってるから、お願いだから何も言わないで!」と感情に任せて叫んでしまったせいだと思うが)
 よくよく考えてみれば、あたしが彼氏と出会った頃は、実はあたしの症状がここ10年で一番酷かった時期(集中治療で一ヶ月入院する前だった)で、その頃のあたしを見ているにも関わらず、今こうして付き合いが続いているのだから、アトピーがあったから何よ?と思うべきなのだろう。
 それでも、あたしは やっぱり脳裏に浮かぶ情景を見たくないのだ。・・・たとえ彼氏だったとしても、感情は変わらないのだ。

『(オレは顔を見に行きたいんだけど)肌が落ち着かないと外出たくないよね?』と言われ、即座に「うん」という ぶっきらぼうな言葉しか返せず、分かっていても 彼氏の思いや愛情を素直に受け止められない自分が居る。

 口では「何があろうと自分を好きでいてくれなきゃイヤだ」とか言いながら、自分は この部分に関しては彼氏にさえ扉を開こうとしない、相手を信じようとしない自分が居ることを、彼氏が知ったら(もうきっと、感じてるだろうな)嘆くんだろうな と思う時もある。

 壁を作っているのは 結局「自分」なんだよね― と、自分を戒めざるを得ない。


 私は、アトピー患者の女性と付き合ったことがあるのだが、アトピー同士のほうが、結構気楽に付き合えるといったことは無いようである。なぜかというと、相手のすべての症状を熟知しているから、逆に過干渉になってしまったり、治療法を押し付けてしまったり。それどころか、結構笑えない現実を目の当たりにしたりもするのである。そういう意味で、相手がアトピーのことを知らないほうが、自分も意識しないで普通に生活を送ることが出来るのかもしれない。私の場合、アトピー患者のネットワークしか見ていないので、ある意味、非アトピーの人との付き合いが持てていることは憧れでもある。槙さんのことを「のろけてるんじゃないぞと」、冷やかしても見つつ、「幸せそうで、何よりですな」ともいいつつ。お二人が更にお幸せになることを祈りつつ、コメントを終わります。

厠 [独案内 -ヒトリアンナイ-]さんの「見えない壁。越えられない壁。」から
 他人が見て分かる「病気」というのは、病気を持っている側にすると、とてもストレスの溜まるものだ。  なぜなら、「槇さんて、アトピー?」という言葉も、発する側は初めてかもしれないが、あたしにしてみたら もう何百回、何千回となく問われてきた言葉であり、それに対する答えも同じ数だけこなしてきているからだ。

 正直、『もう お腹イッパイ。 もうコリゴリ、うんざり!』 と返したいほどである。


 この部分に関しては私も「お腹一杯もうこりごり」という思いでいっぱいである。私はお腹一杯なので、人から言われる前に、こちらから「アトピーなんです」ということにしている。

 アトピー児を抱えたお母さんが近所の人からどのような反応を受けるか編

 『あなたのお家のお子さんのために、あたしは こんな情報を持ってきたのよ?どう?役に立ったかしら?』
 口に出して言わないまでも、同じ町内に居れば母に会うし、あたしに会えば結果は一目瞭然だ。

 『あらあらあら、かわいそうねぇ~ かゆいわよねぇ~ 痛いわよねぇ~』
 『この間、あたしが教えたの、やった? ・・・・あら、ダメじゃないの~』
 『あら、可愛い子のためなんだから、やってあげなさいよぉ~』

 ・・・・・・母は、一時期 周りの「年上・先輩主婦方」が、全て小姑に見えたという。


 この部分は家庭内でも子供から見たお母さんの立場を表現した鋭い洞察で、私の母も同じ経験をしていた。
このときほど世間が敵に見えることはなかったと思う。

 アトピー児を抱えた家庭内の実情編

 家計の負担にならない程度で、出来ることからやる → あたしは欲求に勝てずに掻きむしる → 当然だが、症状は悪くなる → 落胆し、ストレスと怒りが溜まる母 → 外で「かわいそうね攻撃」に逢う → あたしはやっぱり掻いている → 治らない・・・・・

 悪循環もいいところである。

 『じゃぁ、何を食べさせればいいのよ?! 毎日、何を食わせろっていうの? このギリギリの家計で、どうやって、この子だけ別の食事作れっていうの?!!!』

 母の悲痛な叫びを聞いて、あたしは 子供心に「とんでもない病気になってしまったんだ」という認識をせざるを得なかった。
 
 でも、母の鬼のような形相と、父に力ずくで抑えられ 泣きながら 痒みと痛みを耐える治療に、『治りたい』という気持ちよりも、『この病気を持ってることで 怒られたくない、色々言われたくない』という気持ちが何倍も強くなって、頭にこびりついてしまったことを、殆どの人に言えないまま、実は今日に至っている。

 お母さんの愛情と、お父さんの子供を守ろうとする行動が実は子供にとって虐げられているとしか感じなくなることが、アトピーを抱えることで露出するのはなぜなのだろうかと私も同じ思いである。

 私は結構、この記事を見て不謹慎なのかもしれないが、爆笑してしまったのだが(かわいそうね攻撃という表現あたり)、これは非アトピーの人にはわからないことなのかもしれない。アトピー専門のサイトではなくともアトピーの記事が簡単に見つけられる、Blogシステムはすばらしいと感じた。

 私は兵庫県在住なので阪神大震災の被災者である。来年で10年目を迎える節目に、被災地は震災時に起こった、あらゆる問題のなかで解決されたものもあれば、逆に問題点を再定義されたものもある。当然、震災があっても、震災前と変わりない生活に戻った人々もあるだろう。震災の事に関しては当事者ながら、被災地活動というものに震災直後から参加していなかったので、あまりものが言える立場にはないが、震災をきっかけにしてあらゆる市民活動が活発になったという部分は、社会のひずみ、問題点はまだまだ存在しているということになるだろう。

 そのような中、アトピーの世界に目を移せば、10数年前、あらゆるマスコミにステロイドの副作用問題をクローズアップされた時代があった。当方がホームページを作成した8年前は少なかったが、1998年ごろからはあらゆるアトピーサイトが存在していた。しかし、その後アトピーの話題を扱ったホームページは、有名アトピーサイトを除けば、アトピー患者の声を伝えてたサイトは数年で消えていってしまった。今、非アトピーの人たちからすれば、この現状はどのように見えるのだろうか。

 市民活動団体の最大の目標はその組織が最後、解散することなのだそうである。経済活動における組織は利益を求めるという事のみが目的なので、利益を上げられなくなれば清算するという形になる。市民活動の場合、困った問題があって、その問題を解決するために活動するのだから、最終目標は困った人を居なくすることな訳である。

 では、市民活動で考えられている組織論で、アトピーの問題を考えれば、アトピー患者のホームページも少なくなり、患者会も減った。この現実だけみれば解決したといってしまっていいのだろう。
 しかし、現実はどうなのだろう。私の周りに居る重症アトピー患者の数は減るどころか増えているような気がするし、アトピーに効く系の情報も本屋に行けばまだまだたくさん並んでいる。私のアトピーは治らないし、患者も減っていないと考えるのだが、どうなのだろうか?

 松岡さんのページで紹介されていたMIOさんのページのサイト開設紹介記事http://www.atopic-info.com/archives/000481.htmlは貴重である。
ちなみに、私は基本的に他のアトピーサイトはほとんど見ないのであるが、松岡さんに感化され、久しぶりにアトピーサイトを巡っていたら
アトピーサイトの大御所「KITTY'S VIRTUAL ROOM」がブログを導入して進化していたhttp://www.we-blog.jp/air/mk/

 アトピーサイトを運営する上でいろんな意見にさらされ、アトピー問題について特定の考えだけで発言することの難しさは確かにある。しかし、病状や治療法の相違はあっても、アトピーを罹患することの苦悩は同じなのではないだろうか。病気を患うことでのつらさを隣人である非アトピーの人々にも知ってもらうことは、大切なことではないかと思うのである。草の根的に小さな声でも世の中に伝える努力をしていかないと、アトピー患者が世の中に存在せず、重症アトピー患者は治療の努力を怠っているかのような論調に巻き込まれてしまうのではないかという心配をしております。

 そういいながら、自分も記事を考えないとなぁと悩みつつ、更新しております。

 世間はゴールデンウイークで道路は大渋滞、空港も駅も、何処も人でごった返しているのであろうなぁと、想像しつつ、私は家に引きこもり状態の生活を送っている。私にとってゴールデンウイークはもう三年ほど続いているようなものなので、暦の上でのゴールデンウイーク明けでも、私の中で三年続いているゴールデンウイークでは更に楽しく過そうなどと、考えていたりもするのである。

 これだけ暇なので、何か書くことでもないかなぁ、と思い、考えていたのだが、自分のことを書いても誰も見るはずないので(自分の一日の行動を事細かに書いても、アイドルやカリスマ、独裁者であるまいし、勘違いもほどほどにしないとページから人は去っていくだろう)アトピー患者がゴールデンウイークで困りそうなことを空想で書いてみようと思う。(でもこのネタよりは私生活を書くほうが面白かったりもする)

 ゴールデンウイークといえば旅行である。旅行をするときに、私が一番つらいのは、宿の手配と一緒に行くメンバーである。これは一般の旅行者でも同じ悩みであるとは思うが、アトピー患者の場合一味違うのである。一緒に行く旅行者が仲のいい友達だったらいいなどという、単純なことだけではなくて、更に、アトピーのことを見過ごしてくれる、もしくは同情しない、友人をセレクトしないといけないのである。以前、初対面の、アトピー患者と寝食をともにしたのだが、その患者は、アトピー患者と一緒に行動したのがはじめてだったらしく、「あなた寝ているときの掻き方は尋常ではないよ、それに顔まで叩いていたしね」などと、説教されたのだが、そのアトピー患者だって睡眠中無意識にかなり掻き毟りまくっているのを知っていたが、あえて指摘する気がうせたものであった。その患者さんには睡眠時のシーンをビデオでとって見せてあげるぐらいの事をいつもやってあげないと、隣の患者と自分は違う病気だと思ってしまうのだろうと思った。

 そういう意味では、理解のない患者よりも、理解のある、一般の友人の方がずっとありがたいと思うのである。でもこれは私の勝手な考えなのであるが、一緒についていく非アトピー患者さんのやさしさをつい、考えてしまうと、一緒にどっか行こうなどという気はしないのである。申し訳ない気持ちになってしまうのである。私の非アトピーの友人は決して私の病気に対して同情していることはないのであるが、どうしていいかわからない、という感じで接しておられるなぁと感じるのである。うちの家族でさえ、いまだに接し方を誤っていつも喧嘩になることもあるのだから、親身になるよりも一線引いて見てもらうことは本当に大事なことではないかと思う。

 では、私の場合、旅行をするにはどうするべきなのか、ここは思案のしどころなのであるが、結局、数名でいく場合でも私だけ部屋をシングルでお願いするか、温泉の大部屋なら寝ない覚悟をしないと、気がすまないところまで考えてしまうのである。ただ、このときに、いびきをかく人や、歯軋りをする人がいることを見て、多少バリバリ掻いている音がしても大丈夫かなとも思うのである。

 そして、宿で、アトピー患者にとって最大のイベントになるのが、入浴である。ビジネスホテルでも、温泉宿でも、いいのだが共通して気になるのは石鹸なのである。私は普通の牛乳石鹸愛用者である。ちなみに牛乳石鹸で髪も洗うのである。なので、旅館やビジネスホテルのボディーソープは臭いもきついし、なんかちょっと違うような気がするのである。更に、温泉宿の場合は、肌のコンディションが皆にばれるのが嫌で、ホントは、部屋にある一人用の風呂にでも使っていたいのだが、なんか損した気分なので大浴場温泉にザブーっと入ることにしている。あと、ビジネスホテルや、温泉宿が用意している、使い捨て髭剃りも出来ればもう少し、いいものに出来ないかなぁとも思う。剃刀まけするのである。これは、アトピー患者以外でも困っている人がいるのではないかと思う。

 アトピー病状もあまりひどいと、入浴による感染症を起こしてしまうこともあるし、入浴拒否されてしまうことも一度聞いたことがある。さすがに、いまの時代、アトピー患者お断りの宿とは標榜しないだろうし、だいたい、温泉がアトピーに効果があると謳っているのは温泉宿のほうなのである。もし入浴拒否があるようならば、アイレディース宮殿黒川温泉ホテルのごとく、公開質問状を送りつける覚悟でやればいいと思うのである。(しかしそこまでせずとも部屋のシャワーで我慢するのも選択肢としてあるとは思うのだが。。。)

 旅行に行く場合のシチュエーションを考えていたのだが、よく考えれば旅行に行くための一番大事な、マネーが手元にないことに気づいてしまった。ああ、旅行に行くために困ったことのシュミレーションだけでなく実際に行って悩んでみたいものである。くだらない空想をまたかいてしまいました。

アトピー的自由計画のミーティングを5月22日の土曜日14:00~に
たかとりコミュニティセンターの食堂二階にて開催します。

皆さんのご参加お待ち申し上げております。

詳しい内容はhttp://www.atopy.org/takayamake/000037.htmlをご参照ください。

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