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お客の多いコミュニティラジオ~FMわぃわぃ~でちょっと感動! #473
<p>☆2011年8月16日のひとこま☆<br /> 今日も神戸長田区のカトリックたかとり教会にあるコミュニティラジオ局「FMわぃわぃ」は、千客万来!<br /> いろんな方々がやってきます。<br /> 用事のある人もなんとなく来られる方も、そして夏休みで「お暇な中学生、小学生」もやってきます。<br /> <br /> 彼女彼らは、地域に住む地域の小学校、中学校へ通う、多様な文化背景を持つ子どもたち。<br /> ここでの空間は、お仕事で忙しい大人たちのいるところでもアリ、でもなんとなくいろんな話を聞いてくれる人もいるところでもアリ、、、<br /> <br /> 自分たちの居場所でなんとなくだべっていた彼女たちの前を、お客様が見えたので、名刺と手帳を持って通った私に中学生の一人が少しひそひそ声で声を掛けたのです。<br /> 「お茶出したほうがいい・・?」<br /> <br /> この一言に、メッチャクチャ感動した私。<br /> 別に強要したわけでもなく、合図したわけでもなく、子ども同志の会話を中断して声かけしてくれたこと。<br /> ちょっとおおげさかもしれないけれど、これこそこのコミュニティラジオの存在している意味があるといえるものでした。<br /> <br /> もちろん台所では、すでにお茶の用意をしていたスタッフがいましたが、さっそくその彼女の意向を汲み取り、まずは「失礼します」の声かけ、「誰から先に出すのか」のレクチャーを受けた彼女は、見事にお茶のサーブをしてくれました。<br /> <br /> お客が帰られてから私が彼女にかけた「ありがとう」の言葉に、「なんかお客来たら、みんないっつもお茶出しているの見てたから、出したほうがいいんかなって思って」ということでした。<br /> <br /> やっぱ私たち大人たちの姿が子どもを育てるんですね~~~といまさらながら納得した次第です。</p>
気仙沼に「たかとり救援基地」みたいな「救援テント村」ができていた! #472
<p><center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201108/08/33/e0068533_1937114.jpg" alt="e0068533_1937114.jpg" class="IMAGE_MID" height="225" width="300" /></center><br /> 気仙沼市の市役所の近くにある紫神社。<br /> かなりの石段を登ったところにある小さな神社。高台にあったから、津波からの避難場所になった。神社の小さな本殿の横にある、氏子の集会所はもちろん、境内にはテント村が出来、ソーラパネルまで設置されている。ミュージシャンがやってきて、ライブをし、いろんな人々がそれぞれの役割を果たしている。大きなドラム缶が焚かれ、まるで1995年当時の「たかとり救援基地」のようだ。<br /> <center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201108/08/33/e0068533_19372670.jpg" alt="e0068533_19372670.jpg" class="IMAGE_MID" height="300" width="225" /></center><br /> この紫神社のリーダーは氏子副代表!なんとタオルを常に頭に巻いているらしい。<br /> 首にタオルの神田さんを思い出した!!タオルは寒いとき、暑いとき、作業するとき、日常生活でも本当に役に立つアイテムでもあり、なんとなく「象徴」のように私には思える。<br /> <center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201108/08/33/e0068533_19384926.jpg" alt="e0068533_19384926.jpg" class="IMAGE_MID" height="300" width="225" /></center><br /> 「たかとり救援基地」を思い出すもの。それは「そうめん流し」<br /> これは本当には秋田県からの支援の人々(神戸にも来て下さった方々です)が、持ってきてくださった「稲庭うどん」細めでシコシコ、本当に美味しいうどんでした。<br /> <center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201108/08/33/e0068533_19371758.jpg" alt="e0068533_19371758.jpg" class="IMAGE_MID" height="300" width="225" /></center><br /> 薬味はねぎ、しょうがなどなどなのですが、「いぶりがっこ」が感動的にうまかったのです!!<br /> (これも秋田名物のつまりスモーク沢庵です)<br /> <br /> <br /> <br /> </p>
岩手県大槌町のマスコット「おおちゃん」グッズ #471
<p><center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201108/08/33/e0068533_18253946.gif" alt="e0068533_18253946.gif" class="IMAGE_MID" height="234" width="410" /></center><br /> FMわぃわぃからの情報支援のためのスタッフとして、多言語センターFACILの外国人支援の一員として、また関西学院大学「災害復興制度研究所」のプロジェクト「ジェンダーと災害復興」の研究員として被災地を訪れている。<br /> 様々な地域での出会いはたくさんあるが、大槌町での千田さんとの出会いは感慨深いものがる。<br /> 千田さんは国連難民高等弁務官事務所の専門職職員、世界各地の難民支援を行ってこられた。<br /> 何年も前FMわぃわぃで、世界の難民についてお話いただく機会もあった。<br /> その方が今は大槌町で被災地支援のため力を尽くしていらっしゃる。その中の一つが、大槌町のマスコット「おおちゃん」を避難所、仮設に入っておられるお母さんたちが制作するというもの。<br /> <center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201108/08/33/e0068533_1847441.jpg" alt="e0068533_1847441.jpg" class="IMAGE_MID" height="300" width="225" /></center><br /> 大槌町は町長はじめたくさんの町役場の方々が、町民避難の対応策を行うため、町役場と共に津波に巻き込まれ犠牲になられた。つまり町役場機能が失われてしまい、復興への時間がとまってしまった。<br /> もちろんそれを取り返すべく、いろんな手当てが行われてきたが、その苦悩は想像に難くない。<br /> 東北の様々な地域で立ち上がった、自分たちの「まちの復興」を自分たちからの「声」で支援するという災害臨時FM。その最後にこの大槌にもFM局が出来ようとしている。<br /> この「おおちゃん」もそれに合わせて、被災地グッズとしてデビューする。<br /> ぜひぜひお買い求めくださるようお願いする次第です。</p>
2011年3月11日太平洋沖東北地方大地震 #470
<p><center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201107/14/33/e0068533_284454.jpg" alt="e0068533_284454.jpg" class="IMAGE_MID" height="640" width="480" /></center><br /> 3月11日の東北の地震以後、FMわぃわぃは大車輪で被災地への情報支援活動を行ってきた。<br /> しかしこれは当たり前のこと!神戸の震災であんなにたくさんの人々に助けられ、そしてその後もいろ~~~んな方々の支援の中でここまでやってきたFMわぃわぃとしては、それは必然のことであるのだから。<br /> <center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201107/14/33/e0068533_274998.jpg" alt="e0068533_274998.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br /> カトリックのネットワークは、全世界に広がる。もちろん日本でも。FMわぃわぃは神戸長田のカトリックたかとり教会の敷地内にある。宗教としての場というだけではなく、そこは市民のいろんなネットワークの場、たかとりコミュニティセンターとして機能している。ひとつの大きなネットワークとしてカトリックの教会からのいろんな繋がりも構築されている。気仙沼教会もそのひとつ。ここでは被災したたくさんのフィリピン人の妻たちが心の癒しを求めてやってくる。ちょうどカトリックたかとり教会でのベトナム人たちのように。<br /> そこで出合ったフィリピン人たちに「被災の思い」「今後の生活」などなどタガログ語で語る番組を制作してもらう予定。その番組制作の講習や機材を届けるために、この教会で出会うことになった。<br /> <center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201107/14/33/e0068533_28226.jpg" alt="e0068533_28226.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br /> 翌日は宮古FMへ赴いた。一番最初の写真がその放送局。お訪ねする前にお昼ご飯を宮古の駅前で頂いた。<br /> 私の頼んだのは「海鮮丼」同行の大阪大学津田守先生は右の「焼ウニ丼」それぞれ¥1200<br /> 私の海鮮丼は、お刺身の下からまたまたお刺身、掘ってもほってもご飯が出てこな~~~~~いというくらいのすごい丼でした。宮古駅前に行かれたら絶対このお店へ!!!<br /> <center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201107/14/33/e0068533_29427.jpg" alt="e0068533_29427.jpg" class="IMAGE_MID" height="640" width="480" /></center><br /> 次はその翌日の盛岡関前で。地域の笑顔さんの写真がいっぱい。この方はKINGof笑顔です。<br /> この前日は「パフォーマンス」として有名なわんこそばやサンに行きました。<br /> 調度ボランティアにやって来ていた若者たちへの地元の若者たちからの歓送迎会として「わんこそば」をしていました。<br /> <center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201107/14/33/e0068533_215149.jpg" alt="e0068533_215149.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br /> 訪問したのは6月27日ですが、、、、4月1日の統一地方選挙は実行することが出来ずそのままのポスター掲示板が、なんともいろんな思いを語りかけてくれます。<br /> <center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201107/14/33/e0068533_2152666.jpg" alt="e0068533_2152666.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br /> 盛岡の国際交流協会。素晴らしいビルの中にあり、一瞬東京丸の内、、、って感じです。<br /> ここにも世界からの応援メッセージが届いていました。<br /> <center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201107/14/33/e0068533_222341.jpg" alt="e0068533_222341.jpg" class="IMAGE_MID" height="375" width="500" /></center><br /> これは道の駅で買った「超超うまい」アイス最中。<br /> ミルクが生ミルクって感じで濃厚!かつ地域の高校生の開発商品のようだ。な==んとなく生キャラメルのようなアイスのなかに海の味っぽいものがあり、昆布のようなものも入っている。<br /> しかしうまい!!!!また食べたいものである。<br /><br />FMわいわいは、95年の阪神淡路大震災直後に<br /> 神戸市に居住していた被災外国人に情報を提供することを主目的に<br /> 定住外国人市民と日本人市民により設立されたという経緯がある。<br /> その経験から95年以後も地域での放送活動とともに<br /> 被災地へのその地域の言語だけではない情報支援というものを展開してきた。<br /> <br /> FMYYの活動は神戸市長田区にあるたかとりコミュニティセンターの仲間達との<br /> 大きな連携で構成されている。<br /> また世界的な災害で出会った様々な団体との大きなネットワークも形成されている。<br /> <br /> その中のひとつがBHNテレコムである。<br /> ここは放送通信の専門家集団であり<br /> 2004年のインド洋津波で被災したインドネシア、スリランカでの<br /> FMYYが日本事務局を勤める世界コミュニティラジオ放送協議会との連携の中で支援を行った <br /> <br /> 現地のにコミュニティ放送局設置を支援したときに出会った。<br /> その大きな力と経験とスキルをもった団体との出会いは、<br /> その後のハイチでの同じく情報支援の現場での大きな力となった。<br /> <br /> そのネットワークで今回は東北大震災での災害臨時FMへの支援に大きなお力をいただいている。<br /> <br /> 3月11日地震・津波発生した当日から、FMわいわいでは多言語での震災・津波情報を <br /> <br /> 多言語で地上波とインターネット配信を行った。<br /> これはその後に続く原発に関連する情報も、正しい情報を得るため専門家のもとに赴き、 <br /> <br /> インタビューを行い、音声だけではなく、映像での配信も行ってきた。<br /> <br /> またそれらのすべての人々が必要とするであろう(マスメディアでは流れない)情報を <br /> <br /> 毎日のように取りまとめ、日本語のみならず多言語での配信を行ってきた。<br /> <br /> この配信は、ラジオ放送だけでなく、番組を通じたfacebook、インターネット配信<br /> そしてホームページ上にテキストファイルと音声でもアップしてきた。<br /> <br /> これらの多言語による翻訳や音声収録は、多言語センターFACILの翻訳通訳の登録者と <br /> <br /> FMYYのネットワークによるボランティアで行っている。<br /> <br /> その後現地の被災地にある既存コミュニティFM局や災害臨時FMなどのリサーチを行い<br /> 上記のBHNテレコム、人と未来防災センター、そしてFMながおかなどの協力を得て、<br /> FMYYで流通科学大学の学生達の研修を行い、AMARCJapanのスタッフやFMYYスタッフを<br /> 順番に派遣して災害臨時FM局の開設準備、その後の放送業務支援などを行った。<br /> <br /> その他世界NGOオックスファムJAPANとの連携の中、被災地対応のラジオを製作していただき<br /> 第一陣の支援チームが4月、ラジオ受信機4300台(オックスファム・ジャパンが調達)、<br /> ノート PC10台、HDD10台(BHNテレコムが調達)などを配布したのを皮切りに、<br /> 必要とする岩手、宮城、福島の放送局や国際交流協会などの各地へ<br /> ラジオ送付の手配をオックスファムJAPANに依頼、また現地の被災当事者の番組制作のための<br /> 機材セッティングや番組制作レクチャーなどを行っていくと共に、<br /> その番組を配信してくれる現地での放送局を開拓している。<br /> http://www.kahoku.co.jp/news/2011/07/20110709t15024.htm<br /> <br /> 多言語による震災関連情報、童話や東北地方の昔話、被災者への<br /> 応援メッセージ等の放送用コンテンツを渡している。<br /> <br /> 今後も継続的に行う予定。(てなところでいかがでしょうか。。。)<br /> また女川の蒲鉾本舗高政の販売、大槌町の被災されて女性子どもの手作り品販売<br /> などなど被災地の商品販売促進を行っているので<br /> 販売経路を教えてくださるとうれしい。<br /> <br /> </p>
神戸映画資料館での福島支援イベント #469
<p><center><img src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201105/27/33/e0068533_23424313.jpg" alt="e0068533_23424313.jpg" class="IMAGE_MID" height="320" width="240" /></center><br /> 神戸映画資料館で、福島県南相馬市の支援の会が開催されました。<br /> 南相馬に支援に行かれた方の応援カフェです。<br /> 福島の酒、福島のお菓子、団子、そしてメチャメチャうまかったなれ豆腐と味噌です。<br /> これはもう豆腐のフォアグラです。<br /> 大豆がきっととってもおいしい地域なのでしょう!!<br /> そんな美味しい酒、おいしい大豆を作る土地を、放射線まみれにした!!!という、<br /> 私たちの便利追及の近代化にまみれきった生活に「またもや後悔と慙愧の涙」です。<br /> <br /> 神戸の地震の時とは大きな違い!それはこの自分たちの飽食にまみれきった生活の大きな「つけ」に、呆然とするところです。<br /> 天災はこれは防ぎようもありません。予防・減災に努めるのみです。<br /> <br /> しかしその後の原子力発電所での次々畳み掛けるように出てくることは、この今の社会を創った大人たちの怠慢、傲慢の瓦礫です。<br /> この始末を少なくとも10台の20台30台前半の若者たちの責任には出来ません。<br /> 私自身はといえば、なんと愚かだったかとその自分の愚かさに血の涙です。<br /> 署名するだけで満足していた怠慢な母親であり、知る努力、勉強する努力、声を上げるこなど思いもしなかったおバカな母親でした。<br /> この子どもたちの未来を造るために、この子どもたちの子どもたちの世界のために今命をかけて踏ん張らなくてはならないと決意しています。<br /> ますはよく聞き、よく見、心を研ぎ澄まし、正確な情報を発しているのは誰かそれを見極め、その方の下に、はせ参じ、その情報をFMわぃわぃを通じて発信することだと考えております。</p>

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